第19話

 ルレロは目を覚ました。 遅れて近づいてくる気配に気づく。


(魔物か? へルマンどのは?)


 彼は隣にいた。彼も気配に気づいて寝たフリをしているようだ。


 片目をうっすらと開けている。きっと、身をくるんでいる毛布の下では剣に手をかけているのに違いない。


 だが、その気配は魔物のものではなかった。人影が近づいてくる。


 それで警戒を解くわけもない。


(こんなダンジョンの近くに人だと? 冒険者だろうか? そうでないとしたら……)


 人影の正体は老人だった。 


(えぇい! このような場所に老人が1人でいるはずはない。きっと、魔物の人に化けているに違いない!)


 しかし、隣のへルマンは目で合図をしてくる。 どうやら、魔物ではないらしい。


「ルレロ、この方が依頼人だ。挨拶をしなさい」


「依頼人?」と体を起こし、ルレロは老人に「冒険者へルマンの息子、ルレロを申します」と素直に名乗った。 続けて、 


「なるほど、このような辺鄙な場所で1人で歩かれているから、これは魔物が人間に化けているに違いない! ……なんて斬りかかるところでしたぞ」 

 

 おどけながら言うルレロに老人は、大袈裟に驚いたフリで答えた。


 まさか、冗談ではなく本気で襲いかかるつもりだったと知れば、どんなに驚くことになっていただろうか?


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


「それでおじいさんは何で魔剣が欲しいのだ? 手に入れても振り回せる年齢でもなかろう」


 実年齢110歳を越えているはずのルレロが言うには、いささか説得力にかける言葉であるが、依頼者の老人は笑いながら答えた。


「はて? そんなに不思議かのう? 魔剣なんて珍妙な物を集める者も多いと思うが?」


「じいさん」とへルマンは呆れたように……


「この国じゃ魔具の所持は違法だぞ。しかも、冒険者ギルド経由の依頼だ。まさか本当に

バレないと思って依頼を出したわけじゃないだろう?」 


「フン、侮るな若造ども。逆に言えば、冒険者ギルドに魔剣探しの依頼を出せるほど

、地位と権力を持っているってこった」


「ひゃっひゃっちゃ」と愉快そうに老人は笑った。


 それから、ピタッと笑いを止めると……


「うむ、依頼を受けてくれた冒険者に少々、非礼が過ぎたのう。正直に話すとしよう」


 そういって老人は昔話を始めた。


「ワシがまだ子供の頃の話じゃ、まだ大魔王の勢力が各地で抵抗運動をしていた頃の話」


「……」とルレロは内面を表情に出さずに聞いた。


「なんでも大魔王の宝物庫から魔剣を盗み出した者がいたらしい」


(魔剣を? 内戦や革命の混乱時、グレンが王都から離れているタイミングならば……ない話ではないか?)


「その者は、盗んだ魔剣を自分のために使わず、新王制への抵抗運動のために使ったと言う……だが、どれほど魔剣の力が強かろうと、1人で国と戦って勝てるはずもない。負けて、負けて、負け続けて……最後に、このダンジョンに逃げ込んだそうじゃ」


「……それで、その者の最後はどうなった?」


「わからん、ダンジョンを取り囲んだ兵が、最後には突入したそうだ。しかし、その男はもちろん、魔剣も見つからなかった。見つからないまま現在に続くって事じゃよ」


「なるほど、それは英雄譚だな。その謎を解き明かしたいと?」


「おぉ若いのにロマンってのがわかっているのう。ワシが生まれ育った地の英雄譚。死ぬ前に真実を知りたいと思うのが金持ち最後の道楽ってことよ、ひゃっひゃっひゃっ……」


 そ後も老人は「ひゃっひゃっ……」と笑い続けた。


「うむ、わかった。その話は俺様にも興味深い。しかし、困ったことになっている」


 ルレロとへルマンの2人は、ダンジョンであった出来事は話した。


「ふむ、ダンジョンを真っ直ぐに攻略していき、ダンジョンボスを倒した後に入り口に戻っていた……間違いないですかな?」


「おじいさん、何か心当たりでもあられるか?」


「……いや、ない」の一言にへルマンは落胆した。 しかし、ルレロは逆だった。


「心当たりがない。それは、すな過去に例のない現象を俺様たちが起こしているということですな!」


「おぉ!」と落胆していたへルマンが喜びの声をあげた。喜怒哀楽が激しい男だ。


「確かに、その通りですな。これはワシも1つ秘密にしていた事を開示せねばなりますまい」


「ついてきなされ」と老人は歩き始めた。 


 10分ほど、軽めの山道を歩いて到着したのは普通の野原。


 ただし、よく見なければ草木で崖が隠されている事に気づかないだろう。 実際に、へルマンが落ちかけたばかりだ。 


 崖の下を覗き込めば、さっきまでルレロたちがいた場所が見える。


「つまり、ここはダンジョンの真上となるわけか。それで、おじいさんここに何が?」


「これを見なさい」と大きな樹木を指す。いや、正確には樹木の根の辺り……


 分厚い根に守られるように石が置かれていた。いや、それは……


「これは石碑か? どれどれ、なんて書いてあるんだ?」とへルマンは目を近づけた。


 しかし……


「読めん! こんな文字、始めてみたぞ!」


 声を荒げるへルマンを老人は愉快そうに笑う。


「ひゃっひゃっ……旧王制で使われた文字だそうじゃ。調べてもらったが、現在じゃ解読できる者はおらんそうじゃ」


「おいおい、じいさん、こんな所に連れてきてそりゃねぇぞ」


 だが1人だけ、ルレロだけは


「いや、これは……読めるかもしれないな」と呟いた。 


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