第5話

 農奴の朝は早い。 


 しかし、昼から狩りに出かける父親と違い、ルレロは朝が終われば暇を持て余らす。


 その膨大な時間を、イザベルの屋敷であるグリファン家から借りた本を読みふける。


「しかし、どれが魔導国ドラゴニアが滅んだ理由が書かれているのかわからん!」


 膨大な本に埋もれながら、ルレロは叫んだ。


「それに、この本――――俺様の時代にはなかった魔法陣の描き方が書かれていて目が離せぬ!」


「こっちには、炎魔法が新しい観点から分類分けされていて興味深い。この研究者は何者だ! おぉ! この者は知っているぞ! あの研究を完成させおったか!」


 まるで本の海を泳ぐように、100年前にはなかった知識を――――あるいは100年以上前の知識を咀嚼して吸収していく。


「うぉ! 膂力で本を読むという言葉の意味が分からなかったが……なるほど、どうして……この量を知識を吸収するためには体力が確かに必要だ!」


 そう言うと数々の貴重な書物を布団のようにしてルレロはパタリと倒れるように睡眠に入った。


 それが日常化して数か月……ルレロは現在の世界がどのような情勢なのかわかってきた。


「やはりそうか。我が国 ドラゴニアは90年前に滅んでおったか……」 


1つの本で書かれている内容では信憑性が低い。 複数の本を理解しながら、読み解いた結果、認めざる得ない事実として理解した。


「わかっていたが……何と言うか、悲しみというよりも――――何しとるんじゃアイツ等! 俺様が死んでから内乱が立て続けに起きて、弱体化した所で革命されてるではないか!!!」


 新国ではドラゴニアの名前は、そのまま残ったようだが……


 魔法で栄えた国であるはずが、徐々に魔法を否定。現在では完全に廃魔法文明国家となったようだ。


「それどころか、俺様の! 魔導王ルレロが行った事業を全否定しておるではないか!」


「どんな恨みがある奴だ!」と本の挿絵として書かれている顔を見た。


「現王制の初代国王は……誰じゃコイツ? こんな奴は知らん!」


「なんと非合理な真似をするのだ。人の進化を止めてまで、過去を消し去ろうとする傲慢さ。だが、決して嫌いではないぞ!」


 この時、ルレロは簒奪者から国を奪還を深く誓うのだった。


 それから1年後――――ルレロが12歳を迎える直前に大きな事件が起きた。


 それも彼の人生を大きく狂わせるような事件だった。


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・・


 昼に狩りに出た父ヘルマンが夕方になっても戻ってこない。


 日が山に沈み始めると、それは小さな村で大きな騒ぎになった。


「ヘルマンが、森で迷うはずもねぇ。魔物を相手に不覚を負ったに違いねぇ!」 


「あの狩り上手のヘルマンがか? だとしたら、その魔物は化け物くらい強いにちがいねぇぞ!」


「この気温じゃ、魔物どもの食料も減ってるはず……他の山から下りてきた新手がいるのかもしれねぇな」


 そんな言葉が、息子であるルレロがいる場所でも無配慮に飛び交っている。


「――――ッ!(こうなったら、いよいよ魔法を使って使い魔の大量召喚を行うべきではないか)」


 そう覚悟を決めて、人目につかぬように家の裏に隠れようとした時だった。


「おぉあれはグリフォン家の旗。 まさか領主さまがヘルマンのために兵を動かしたか?」


「そんな馬鹿な事があるかい。ただが、農奴1人のために兵なんて……いや、待てよ。あれはヘルマンではないか!」


 その言葉にルレロは家の裏から飛びだした。


「おぉルレロではないか」と領主は親しく話かける。


 その光景を初めてみる村人たちから、どよめきが起きた。それほど、領主が農奴を名前で呼ぶなどあり得ない事だった。


 しかし、ルレロはそれどころではなかった。


「領主さま、ヘルマンどのは? 我が父上は、どうなっておりますか?」


「うむ……そなたの父親は怪我はしておるが、命に別状はない」


ヘルマンは適切な治療を受けていたのだろう。 清潔な包帯で包まれ、医者らしき者が横に付き添っている


「ヘルマンどの、一体何が?」


「うむ、それは私から説明させてもらう」と領主が馬から降りた。


 長話になる。加えて怪我人であるヘルマンを安静にしておかなければならない。


 まさか領主を農奴の家でもてなす事はあり得ない話だ。


 代わりに村長が家を貸してくれた。


「うむ、どうやらヘルマンは森で狩り中に、山から下りてきた魔物の群れを遭遇したようだ」


「魔物の群れ! スタンピードですか?」


 スタンピードとは、魔物たちが突然狂暴化して種族関わずに近隣の村や町を襲う現象だ。


 しかし、領主は首を横に振った。


「いや、いかに『魔物殺し』と異名を持つヘルマンであっても、スタンピードは1人で止めれぬよ。どうやら、山で食料が取れなくなり、餓えた魔物たちが群れで森を進んで周辺の村や田畑を襲おうとしているのに気づいたようだ」


「まさか、父上は1人で魔物の群れを追い払おうと!?」


 とても信じられない事だった。 


 ヘルマンは鍛えられた肉体に加えて剣の腕前もある。 とは言え、魔物の群れ……十匹以上の魔物と戦うのは無謀だ。


 しかし、彼はやり遂げたのだろう。 近隣の村々を守るために……


「ここで提案がある。 ヘルマンを英雄として農奴から自由民に格上げにしたい」


「なんと!」とルレロが驚くのも無理はない。


 剣奴など、命賭けで戦う報酬として奴隷から解放。自由民として生きる例は数々あれど、農奴から自由民に昇格するのは異例と言えた。


「加えて、ルレロよ。そなたはグリファン家で働いもらいたい。我が娘イザベルに使えて支えてほしいのだが……どうだ?」


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