第26話

「どうしてもと言うなら、私も! このイザベル・グリファンも一緒に連れていってください!」


「それはダメだ」とルレロはピシャリと言い放った。


「どうして……」


「今から俺様が行うのは逃亡生活。戻ってくる時は、現政権を打破するための進軍だけだ」


 それはイザベルが足手まといと言うのと同じ意味。 そして、母国を裏切って戦争をする意思を問う言葉でもあった。 


 当然ながら、まだ幼いイザベルには即決する言葉はなかった。


(すまない、イザベル。俺様は、これより修羅に入る。だから……)


「だから、イザベル。君には。この国に残り、来る日に備えてほしい」


 それだけ言うとルレロは彼女に背を向けた。


「グリファン卿、必ず約束の日は来る。後は頼んだぞ!」


 それだけ言うとルレロは駆け出した。その背中に何度となく、ルレロの名前を叫ぶイザベルの声に振る返る事もなく……


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


「どうしたんだい、ルレロ。そんなに険しい顔をして」


 まるで山賊のように家に乱れ入ったルレロに、彼の母親は驚きの声をあげた。


 その声が届いたのだろう、家の奥からへルマンが顔を出した。


「どうした? グリファンさまのお屋敷で何かあったか?」


「はい、今日を最後に旅立とうと思います。別れの挨拶のために戻りました」


「ルレロ、あんた何を―――――」


 そう言いかけた母親を止めたのは父親であるへルマンだった。


「へルマンどの、そなたたち夫婦には世話になった。再び、この地を訪れた時には――――」


 だが、ルレロの言葉もへルマンに遮られた。 へルマンは、ルレロに向けて拳を炸裂させた。


 隙をつかれて、室内の壁まで吹き飛ばされたルレロは抗議の声を出した。 


「何をする、へルマンどの。今は、そのような事をしている場合ではない」


「無論、存じております。ルレロ・ギデオン……いえ、ルレロ陛下」


 へルマンの動作は洗礼された騎士の動作。 片膝を地面につけ、頭を下げる。


「先程の無礼は、父親として最後の役目。これよりへルマンは、我が先祖たちの遺言に従い、ルレロ陛下のために働きましょう」


「へルマンどの、いつから気づいていたのだ」


「最初から、あなたが生まれた日から気づいておりました」


「なんと! それでいて、あのような粗暴な父親を演じておったのか! そなたには驚かされてばかりだ」


「なんの、粗暴な態度の方が素でした。さて、陛下……国を脱するのですな?」


「うむ、国は送ってきた異端審問官に正体がバレた。数日は誤魔化せようが、隣国に移った方が良いだろう」


「いずれ、このような日が来るとわかっていました。備えはしています」


「これを」とへルマンが渡した袋。中を確認すると、輝く石が詰まっていた。


「これは魔石。まさか、この袋の中身は全部そうなのか?」


 魔法使いが大がかりな儀式に使用したり、魔力を込めた道具である魔具の動力となる石だ。


 魔物を倒したり、鉱山を掘って手に入れる物。 その価値は同じ重さの金よりも遥かに価値がある。   


「俺が、貯めた物です。この国では、魔法使いもいない、魔具の使用も禁止されている。いくらでも手に入ります」


 ルレロはそれが嘘だと知っている。 魔石は希少鉱物であり、これほど不純物のない品種を個人が集めるには、無理のある量であった。


「すまない。果たして、この魔石にどれほど危険な橋を渡って集めてきたか。俺様であっても想像すら難しい」


「もったいない、お言葉です。さぁ、母さん……母上にも挨拶を」


「うむ、突然の事で驚かれているでしょう。俺様はあなたの子供で……」


「いえ、ルレロ。私はルレロとお父さんの会話の意味はわかりません。でも、あなたは何があっても私の子供……今は別れでも、必ず帰ってきなさい」


「……わかりました。いつか、この顔で良ければ何度となく見せる時も来ましょう」


 それだけ言うと、ルレロはへルマンと共に家を出ていった。


「へルマンどの、どこを目指しているのだ? 国境を目指すにしては……」


 既に日は落ちて、辺りは暗い。 2人が走っているのは、星空の光の届かぬ深い森であった。


「ここはグリファン卿が所有されている森。もしもの時は、ここに隠れ住む老人を頼れと言われています」


「ほう、へルマンどのとグリファン卿で密談があったか。今日で何度、驚かされたことか」


 だが、前方から強い圧力を感じて2人は「……」と黙った。


「魔物……この森では人を恐れて出現しないと言われていましたが」


 そのへルマンの言葉をルレロは笑った。


「なぁに、俺様の腰につけた魔石は奴等に取って見たらごちそうよ。来るぞ、ここからは強敵の連続だ!」


 ルレロは腰に帯びた剣。 それは、かつて老人から譲り受けた剣に偽造して作られた杖である。   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る