第30話

 地を走る火柱の連続。 へルマンは外側に、ルレロは内側に分断された。


「ルレロさま!」と声を上げるへルマンだったが、ルレロ本人は平然としていた。 


「こちらは大丈夫だ、へルマンどの。どうやら、このサイクロプス……まだ戦意は衰えず。炎魔法を結界に使ったらしい」


 なるほど、ルレロの言う通りだ。

 もはや、それは結界の如く魔法の運用であろう。


 今も倒れたままのサイクロプス。その体を中心にして炎が地面に走り、結界が生まれている。


 その内側に取り残されたルレロは逃げ場を絶たれた。


 燃え上がる炎はまるで地面から生まれた炎の壁のように変化している。


「ここから逃げ出すのは不可能……とは言わぬ」とルレロは炎の壁に手を添えた。


 高熱の業火であり、生物など簡単に焼き付くであろう火力。 それに素手で触れて、なぜ平気なのか?


 おそらく、魔術的な効果なのだろうが、その詳細を知るのは術者であるルレロ以外は皆無である。


「凄まじい炎であるが、この程度なら俺様の水魔法で簡単に鎮火できる」 


 ルレロは、無から水の力を引き寄せるように呪文を唱え始めた。


 水の粒子が、彼の魔剣――――いや、杖の周りに集まり、波立つエネルギーが形成される。

 

 そして、水魔法が放たれるだけ……その直前でルレロは魔法執行を取り止めた。


「……いや、これは妙だ。まるで誘われているようであり……まさか、罠か?」


 その言葉に反応してか? サイクロプスが起き上がった。


 さらには、斧を振り回して襲いかかってくる。 


(斧? なぜ急に今まで使用を拒んでいた斧を使い始めた?)


 その浮かんだ疑問を解決させるため、ルレロは魔眼を発動させる。


 魔術の神秘性を暴く魔眼。しかし、逆に言えばそれだけの魔眼である。


 魔力が込められていない物の情報を読み取る力は弱い。 だが……


(やはり、あの斧の正体は魔剣の部類――――いや、魔斧と言うべきか? それも効果は……なんと小癪な真似を)


 ルレロは、サイクロプスが振り回す武器の正体に気づいて苦笑した。


「その斧の正体、雷の魔法が付加されているな? 炎魔法の結界を作り、相手に水魔法の使用を誘う。それで、雷属性の斧でとどめを狙う。なんて狡猾な、なんて魔法使いらしい戦い方だ」


 もうルレロは高ぶる感情を抑えきれなくっていた。 


「さぁ、もっとだ。もっと見せてみろ!」


 魔物であるはずのサイクロプスが見せる魔法使い的な戦闘術。それが魔導王の感情を激しく揺さぶったのだ。


 そんなルレロに対してサイクロプスの手斧を振り下ろした。……いや、ここはルレロに従って魔斧と言うべきか?


 そんな魔斧の威力は、果たしてどれほどのものか? 


 斧が空気を裂く音とともに、炎が舞い散り、雷の轟音が響き渡りました。


 炎と雷の融合。 それを前にした生物は原始的な恐怖を強制的に思い出させるだろう。


 そんな恐怖を敵に迎えながらもルレロは一言……


「惜しいな」と呟いた。


 対抗するためにルレロも魔法を執行した。 それも炎と雷の魔法。


 同質の魔法。 だが、サイクロプスは魔斧を使っての一撃だ。


 魔法使いの世界では魔法を強化するための媒介というものがる。 魔斧という媒介を得てのサイクロプスの攻撃はルレロのそれよりも強力になるはず。そのはずだった。しかし結果は――――


「もしも、俺様が貴様の策を看破できずに周囲を水浸しにしていたら、互角の魔法合戦になっていたかもしれぬ。だが、この俺様が媒介によって強化された程度の魔法に自力で負けるはずもなかろう?」


 それだけ言うと、彼の魔法はサイクロプスの一撃を退けてみせた。


 それどころか反対に、その巨体を衝撃で飲み込み、宙へと吹き飛ばすしてみせた。


「うむ……魔物の魔法使いか。初めての戦いに学ぶ事は多かった」


「しかし……」と彼の視線は、地面に転がる斧。 サイクロプスが持っていた魔斧だ。


「まさか、自然に生まれたわけでもあるまい。この斧……サイクロプスのサイズに合わせて、誰が作って、誰が魔法を付加させた」


 考え込むルレロにへルマンが近づく。


「見事でございました。ですが、派手に戦い過ぎました。すぐに移動いたしましょう」


「いや、待て」とルレロは周囲を見渡した。


「ルレロさま?」


「気づかぬか、へルマンどの。この俺様の魔眼も魔法探知も掻い潜って、息を潜めている者がいるぞ」


「なっ! こいつらの仲間、やはり魔物でしょうか?」


「いや、おそらくは人間。サイクロプスの飼い主といったところかな?」 


  

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