第12話

(ルレロが婿養子……それって、つまり私と?)


 父親の言葉を聞いてから、その言葉が彼女の中でぐるぐると回っていた。


 その異変は、屋敷内で働く従者たちも勘づく。 その中でイザベルに近しい妙齢のメイドが動いた。


「おやおや、お嬢様。どうかなさりましたか?」


「なによ、藪から棒に」


「外をボーと眺めたりして、悩みでもあるように見えますよ」


「悩み……そうね。私に婚約者ができたら、あなたたちはどう思う?」


 カタッ! 


 メイドは、手に持っていた掃除道具を落とした。


 「あらあらら、これはおめでとうございます!」


 「え? いや、まだ確定というわけではなくて……」


「やはり、ルレロさんでしょうか?」


「!?」


「やはり、そうでしたか」とイザベルの反応にメイドは確信していた。 


「ど、どうして、その名前が出てくるのよ!」


「どうしてって、そりゃ……お嬢様と年頃も近いですし、ルレロさまはお父様も有名な方ですからねぇ」


「え? ルレロの父親って有名人なの?」


「『魔物殺し』のへルマンと言えば有名でして。半年ほどで、いくつもの偉業を達成して人気の冒険者ですよ」


 貴族が、有名な冒険者に惚れ込んで、娘と結婚させる話はよくあることだ。


 もっとも、冒険者の息子と結婚させるとなると少々珍しい話になるかもしれないが……


「ふ~ん、アイツの父親、そうなんだ」


 その表情を見たメイドは「やはり脈あり」と呟く。


 屋敷内の従者たちにウワサ話として広がったのは、当日の内だった。


「お嬢様、ルレロさまに会われるなら、こちらの服がよろしいでしょう」


「お嬢様、言葉使いはこのように変えたほうがよろしいかと」


「お嬢様――――」


「うるさいわよ!」と、イザベルは癇癪を起してしまうほど。


「全く、みんなどうかしてるよ。ルレロと会うのにいつも通りでいいじゃないの!」


「お嬢さ――――」


「なによ! あなたもルレロと会うのに何か言うつもり?」


「いえ、その……ルレロさまが参りましたようなので……」


 イザベルは窓から外を見た。 確かにルレロがやってきたようだ。


 それから、視線はメイドたちが用意したドレスに移る。


(……そうね。ドレスは悪くないわ。これだったらメイドたちの顔を立てて、着てあげないこともないわ)  


 それが、イザベルの様子がおかしかった理由である。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 その後、彼女は父親であるグリファン卿に呼ばれた。


「おいで、イザベル。大切な話がある」


「!? (つ、ついにお父様から、ルレロとの正式な婚約の話しを!)」


 グリファンは「ついてきなさい」と廊下を進んで行くが、少し奇妙に思えた。


(あれ、お父様はどこに向かっているのかしら? この床の先は行き止まりのはずなのに)


 廊下の突き当り。あるのは壁だけだ。


「いいかい、イザベル。これから教えるのは我が家の秘密。誰にも教えてはいけないよ」


 グリファン卿は壁に手をつける。 それから、簡易化されたグリァン家の紋章――――イザベルでも書けるように、幼い頃から練習された紋章だ。


 すると――――


 ゴッゴッゴッゴゴゴ……と重い音が響き始めた。


「これは、隠し扉? 今まで気づきませんでした」


「うむ、中は暗い。気をつけて後ろをついてきない」とグリファン卿は、中に吊るされているランタンに触れた。


 すると、通路に並んでいるランタンが連動しているかのように光を発した。


「これは、まさか……魔具ですか?」


 現在のドラゴニアは廃魔法主義国家。 魔法の力を道具に負荷する魔具は禁止されている。


 それを国家に忠誠を誓う条件で、高い地位が与えられている貴族――――グリァン卿が使う意味。 イザベルとて、その重要性は理解している。


 しかし、グリァン卿本人は、娘に向ける眼差しは優しげであり――――


「さぁ、イザベル。到着したよ」


「ここは?」


「あれを覗いてみなさい」


 グリァン卿が指した場所。そこには壁に穴が空いていて、小さな光が漏れている。


「この先は……書物庫。我が家の書物庫ではありませんか……」


 それから彼女は「まさか!」とある可能性を思い付き驚きの声を上げた。


「ここから覗いていたのですか? ルレロの様子を!」


 それは父親の見てはいけない一面を見てしまったようであり、


 何かが、背筋に通り抜けて行くような寒気があった。


「心配する、イザベル。それは俺様も承諾していることだ」


 唐突な第三者の声だ。「誰ですか!」と彼女は叫んだ。


「どうしたイザベル? 俺様がわからないのか? さっきまで一緒に遊んでいたではないか?」


 最初、イザベルはそれが誰かわからなかった。 いや、分かっていても脳が受け付けなかったのかもしれない。


 椅子に座っている人物の顔はハッキリと見えている。


 しかし、口調が違う……いや、それだけではない。 彼の纏っている雰囲気が別人のようにしか見えないのである。


 だから、彼女は、その人物に向かって――――


「あなた……本当にルレロなの?」 


 そう言葉をかけた。

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