第11話

 イザベルは稽古着などに着替えない。 貴族らしい豪華なドレスのまま、剣の稽古をするのが普通だ。 


 それは珍しい事ではあるが、剣の流派によっては、


『着替えている時間があるなら、普段着のまま稽古すればよい』


 そんな感じで推奨されてたりもする。


 彼女が、その考えに賛同しているのか? 遊びの延長だからこそ、着替えは必要ないのか? あるいは――――


(あるいはイザベルに本気を出させるほどの力量を俺様が有していないのか?)


 ルレロは、そんな事を考えたこともあるが…… それはともかく、今日のイザベルは、いつもに増してフワフワしてるドレスだった。


 フリル……というのだろう。 もしかしたら、フリルが多ければ多いほど可愛いと思い込んでいるのではないだろうか?


 そんな不安すら過るイザベルの姿にルレロは――――


「どうかしましたか?」と尋ねた。


「え? なんの事かしら?」


「そのドレス……明らかに動きにくいと思います」


「……」と無言になったイザベル。 彼女の眼光は鋭さを秘めていた。


(どうやら、質問の選択肢を間違えたようだ。ではなんだ? お似合いですよと誉めれば良かったのか?)


「何か言うべき事があると思うけど?」


(まさか、本気で誉められたがっているのか? これは試す価値が……)


「……似合っておられますよ、そのドレス」


「あら、そうかしら? そう言われると悪い気はしないけど」


 素っ気ない口調。その反面の彼女の顔は赤みがさしていた。


(まさかの正解……だと!? 一体、どういうつもりだ?)


 イザベルが自分に向けている感情。ルレロは、なんとなく出来の悪い弟のように接されていると思っていた。 出来の悪い弟、あるいは舎弟。


「どうなさったのかしら? それじゃ私から行きますわよ、ソレ!」


 およそイザベルらしくない掛け声。 それではまるで、貴族のお嬢様ではないか?


 ―――――いや、紛れもなく貴族のお嬢様ではあるのだけれども。


 (どこか変だ。具体的には、服装も、態度も、言葉遣いも変だ。それに剣の構えすら彼女らしくない)


 イザベルの剣は剛剣のそれ。


 豪快な構えから繰り出される強打は、彼女の剣筋を必殺技へ昇華させている。


 だが、今の彼女には豪快さが欠けていた。 剣を両手で持ち、体を小さく見えるように、小さく、低く、下段の構え。


(……もっとも、過剰にあしらわれているフリルが、彼女を普段よりも大きく見せているがな)


 そんなことを考えている間にイザベルが間合いを詰めてきた。


「――――ッ! いや、その構え、その格好で、踏み込みの速度は変わらねぇのかよ!」


 心理的にも、視覚的にも死角を攻めてくるのがイザベルの剣。


 だから、彼女との稽古では、必ず先手を取られる。 加えて彼女の一撃は、大人の剣士であっても完全に威力を押さえることは難しい。


 だから、同世代と比べても小柄になるルレロの体は、必然的に吹き飛ばされることになる。


「あらあら、いかがしましたかルレロさま? 私の剣に降参でしょうか?」


「いや、まだまだ!」とイザベルの安い挑発に乗ってルレロは立ち上がった。


「では、もう一度。ぶっ飛ばして差し上げますわよ」


「なんの! そう何度も簡単に飛ばされは――――」  


 再び打ち込まれたイザベルの回転切り。しかし、今度は宣伝通りに――――


「――――飛ばされはしなかったでしょ?」と彼は、彼女の剛剣を受けきっていた。


 イザベルとの稽古は2日に1回の頻度。 毎回、毎回、毎回、吹き飛ばされ続けてきたルレロは、流石に対策の1つ2つは身に付け始めていた。


(彼女の回転切り。遠心力が完全に剣刀に乗るよりも早く、こちらの剣をぶつけるように防御すれば、威力は削られる。まだ成功率は3割くらいだけどな)


「さすがはルレロさま。お見事ですわ」と彼女からの称賛。


 しかし、彼女は次に「えい!」と可愛らしく掛け声を言った。


 すると、防御に成功して押さえたはずの剣から、圧が感じられた。


「ちょ……待て待てイザベルさま!」


「いいえ、待ちませんよ」と彼女の顔からイタズラ心が見えている。


 単純な腕力。防御したルレロは、そのまま地面にうつ伏せに倒された。


「よかった。今日も私の勝ちですわ」


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 イザベルの態度がおかしかった理由。 それにルレロは心当たりがない。


 その理由は、ある勘違いによるものが原因だった。


 イザベルの父親、グリファン卿。彼にルレロが自身の正体を明かした時に起こった。


 彼、ルレロはグリファン卿にこう言ったのだ。


「悪魔に願いを叶えて貰うとき、必ず対価を支払わなければならない……と言う。ならばグリファン卿、お前はどう答える?」


 この時のルレロは、こう言ったつもりなのだ。


『庇護してくれてありがとう。何かお礼をしないといけないよね。グリファン卿は何か欲しいものがありますか?』


 一方に、グリファン卿は、こう聞こえていた。


『この大魔王ルレロの力を望むか? ならば、それ相当の対価……貴様の宝を。もっとも大切な物を俺様によこせ!』   


 この2人のすれ違い。 グリファン卿は「しばらく、答えは保留いただきたい」と言うしかできなかった。


 そして、考え出した答えは……


(ルレロさまが求めてるは悪魔的対価。ならば求めるのは、1つの大切な物ではなく私が持つ全てに違いない)


「ルレロさまに私の全てを譲る方法。やはり、婿養子としてグリファン家の権利をお渡しするしかないか……」


 そんな独り言。 その呟きは、偶然にも近くにいたイザベルの耳に届いていた。

 

 

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