第32話

 その老婆は、この国では最後の魔法使いであった。


 ルレロ・デギオンの死後、100年の歴史。 動乱の時代の生き証人であった。


 ルレロの部下同士の内戦。その混乱に乗じた革命。そして、新王政権の誕生。


 老婆の師は、新王体制の危険性をいち早く察知した。 新王政権に隠れて隣国への脱出路を数十年かけて作ったそうだ。


「この国で魔力をもって生まれた子供を育てられない親も多い。グリファン卿の助けもあり、そんな子を、ここで育てて隣国に逃がしております」 


「なるほど、ならば……あの娘も?」


「そうですじゃ、ノワールは魔物使いの才能が持って生まれた子供。1人でも生きていける術を教え込んだのですが、少々じゃじゃ馬に育ってしまってのう」


「ん?」とノワールは振り向いた。どうやら、話を聞いていなかったようだ。 


「だが、解せぬことがある」とルレロ。


「俺が転生するのは新王とやらもわかっていたはず。場所も、年月も、ならばその年に生まれた赤子を殺す……とまで行かなくとも、調査や管理することは可能だったのではないか?」


「最初は、そうでございました」と老婆は「ほっほっほ……」と笑った。 


「ですが、この国では魔法が禁止されて数十年。すっかり

魔法の文化も、知識も、消え去り、転生魔法など伝説や迷信。新王本人でも、どこまで真実を把握していることやら」


「やはり、文化や歴史の蔑ろにすると国が滅ぶ事になるのだな」


 暗に、ルレロは自分が国を滅ぼすと言っているのだ。


「やはり、伝説通りに豪快ですね。 これなら、ノワールを安心して預けれます」


「ん? なんのことだ」と訝がるルレロだったが……


「待ってくれ、婆さん。今日が出発の日なのか、私は聞いていないぞ!」


「いいかいノワール。ルレロさまは、この国を取り戻すだけではなく、いずれ世界の覇王となられるお方。よく言うことを聞くのじゃよ」


「婆さん……」


「いや、待て。なんの話をしているのだ? わからぬぞ」


「遅かれ、早かれ、ノワールも隣国に逃げねばならぬ子供。ならば、従者としてでもお使いください」


「彼女を? うむ、まぁ……」とルレロはノワールを見た。


「確かに、幼いなりに魔物使いとして実力は間違いなかった。戦闘能力なら頼りになりそうだが……」


 そう言われたノワールは、不機嫌そうであったが、よく見えれば実力が評価されて悪い気はしていないようだった。


「まぁ、渡りに船って奴か。よろしく頼むぜ、ルレロさま」


 そう言って彼女は握手を求めてきた。 有無を言わさない態度に、ルレロは反射的に差し出された手を握っていた。


「ルレロさま、そろそろ」とへルマンが促す。 しかし、それは別れの時間でもあった。


 ルレロは、異端審問官たちの調査から逃れるために行方不明になる計画だ。


 この旅にへルマンは付いてくることはない。 


「へルマンどの……いや、父上。歪ながらも親子としての生活を忘れることはないだろう」


「ルレロさま……こんな俺を、まやかしではなく父上と呼んでくださるのですか?」


「当たり前だ。俺様が、再びこの国を手に入れた時、その時を再会の日としようぞ!」


 それから、ルレロは老婆のほうに向いた。


「それは、あなたも同じだ。この国を打ち破る日……ノワールと共に顔を見せに来るぞ」


「ほっほっほ……いつ果てるかわからぬ老体。あまり長く待てませぬぞ」


「構わん。10年だ! 10年で俺様は、この国を取り戻すことを誓うぞ」


 その言葉に、へルマンと老婆は驚く。 2人は、新王体制の国力を知っている。


 裸一貫。それに等しい少年が、国を倒して王に返り咲く。


「とても信じられぬ言葉ですじゃ」と老婆は首を横に降る。 それから「ただし……」と続けた。 


「ただし、ルレロ・デギオンの伝説を知っておれば、可能と思わせる説得力を感じますな」


「期待して待て! グリファン卿たちにも、そう伝えてくれ!」


 そういうとルレロは、地下路に飛び込むように進んでいった。


「おい、待てよ王さま。私を置いていくんじゃない!」と慌ててノワールが追いかけてくる。


  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る