第24話

 ジョルジュは白銀の鎧を脱いで平服になっていた。


 手には木刀……稽古用の木刀だ。 


 通常の木刀よりも柔らかい素材。大の男が本気で人を叩いても、怪我をする可能性は少ない。


「それでは始めましょうか」


 ジョルジョの言葉に「あぁ」とだけルレロは答える。


 周囲には、観客としてグリファン卿とイザベルの2人のみ。


(ここで何かを仕掛けてきても、誤魔化されそうだな)


 ルレロは苦笑した。 ジョルジュの貴族階級はグリファンよりも上。


 もみ消すのも容易そうだ。


「何を笑っているんですか? 少しだけ不快ですね」


 いきなり不快感を隠さないジョルジュ。 その言葉とは裏腹に冷静であり、飛び掛かって来ることはしない。


 威嚇を混ぜながら、ゆっくりと移動する。太陽が背後に来るように位置取りをしてきたのだ。


 眩しさに目を細めたルレロであったが――――


「ハンディはそのくらいで良いのか? それじゃ行かせてもらう!」


 跳躍。 体を低くして、間合いを詰めると同時に剣を振り上げた。


 だが、それはジョルジュに届かなかった。自身の木刀で防御した彼は


「奇襲攻撃。それも走って……なるほど、素人の剣というわけですね」


「なにっ!」とルレロは身を捻った。 回転斬り――――それも足元を狙った攻撃。


「それが素人をいうのだ」と彼は後方に飛ぶと、軽く剣を振る。


 追打ちを狙うルレロを、それだけで止めたのだ。


(……読まれたか。イザベルの剣とも、ヘルマンどのの剣とも違う――――人と戦う事に特化した対人の剣をいうわけか)


「わかっただろう。走ったり、飛んだりする剣は邪道の技」


「ふむ、王道の剣とは何か? 聞かせてもらうか」


「いいだろう。剣は会話――――斬り合う事で人と人は分かり合える」


「なるほど……正々堂々と互いの技をぶつけ合う事での相互理解を促す。平和な時代ならでの騎士の剣か」


「――――」と無言のジョルジュ。今度は彼からの攻撃。


 ルレロの強烈な踏み込みとは反対に、緩やかで隙のない歩術。


 滑らかで空間を切るような剣をルレロに向けた。 滑らか――――それは柔らかな剣の使いで、次の技に繋げていく。


 円を描くような軌道。連続攻撃を仕掛けて来る。


 しかし――――


「それは剣のつもりか? 舞かと思ったではないか」


 ルレロから挑発じみた言葉が飛び出した。


「何を!」と一瞬だけ、激高させた感情が浮き上がるも「……」と感情を殺して、剣を振り続けるジョルジュだった。


 その剣に合わせて、ルレロも剣を振る。 しかし、その剣はジョルジュに触れることなく空振り。 


 空振りは、大きな隙となりジョルジュの連続攻撃を許す。


 だが――――


 「当たらない。なぜ?」  


 連続で放つ剣撃。ルレロは、その全てを避ける。 避けながらも――――


「回転斬り!」


 豪快な風切り音と共に、刀身がジョルジュを襲う。


 ガードが間に合ったジョルジュであったが、自身の体が浮き上がるような感覚。


 それほどまでの強打が、ルレロから放たれたのだ。


(この強打。今まで練習を含めて、大人の騎士とも戦ってきた。しかし、これは過去に経験がないほどの威力)


 感情に焦りが乗っている。それを気取らせないようにしているが……


 ルレロは気づいたようだ。 


「やはり、ジョルジュ。お前は、魔物と戦った事がないな?」


「――――!?」とジョルジュの表情は変わらない。しかし、剣からは動揺が伝わる。  


「魔物との戦い。それは技と技の駆け引きを薄い……いかに素早く、豪快な一撃を与えるのが戦い」


「そんな物は貴族である私には不要な技だ」


「確かにそうであろう。しかし、もはや剣に身分は関係あらず――――


農民も、自由民も、貴族も、自身の身を守るために必要な技術になっている」 

    

「だが、私は貴族として貴族の剣を――――」


「いや、それはお前が正しい」


「――――なにを?」


「剣は自由であるべきだろう。だから、貴族なら貴族の剣を磨くのも良し! むしろ、推奨してやろう」


「――――何なのですか、貴方は? 脈略のない話を」


「妙な事を言う。 剣で会話としようと言って来たのはそちらではないか?」


「なるほど。私は今、狂人を相手にしているというわけですな」


 ジョルジョは、大きく踏み込んだ。 


 それから、ルレロの剣に答えるように大振りな一撃を放った。

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