第2話

 目を覚ましたルレロは混乱した。


「ぶくぶくぶく(ん! んん~ なんだこれは!)」


 なんせ、水の中に沈められていたからだ。


「ぶく! ぶくぶくぶく!(馬鹿な! 俺は確かに転生の儀式を成功させたはず! ならば、ならば……ここはどこだ!)」


 このままだと溺れ死ぬ。 暗い水中で泳ごうにも上下がわからぬ。


(魔法を、魔法を使うしか……なぜだ。魔力が練れぬ! この俺様に魔法封印する事などできぬはずなのに……)


 何が起きているのか? わからないまま時間が過ぎていく。


 そんな中、1つわかった事があった。


「ぶく ぶくぶくぶく ぶく(不思議な事に水中でありながら、溺れ死ぬことがないようだ。これは一体……ここから、考えられることは……)」


 冷静さを取り戻した彼は、すぐに答えにたどり着いた。


(転生の儀式が成功したならば、今の俺様は赤子のはず。ならば、ここは母親のお腹の中か!)


 呼吸のできる水。 


 一定のリズムで力強い音が響いて来ている。これは、おそらく母親の心音なのだろう。


 不思議な心地よさを感じながら、ルレロは――――


「ぶく! ぶくぶくぶく!(魔導王ミスティク! 出産前の赤子に転生してしまったか!)」


「ふはっはっはっは……!」と生前のように高笑いをしたかったルレロであったが、水中ではできるはずもなく「ぶくぶくぶく」と口から泡が出るだけだった。


(しかし、困った困った。 出産まで何カ月か? まさか10カ月10日というわけではなかろうが……2、3か月もこのままなら精神の平常を保てる自信はないぞ)


 その直後だった。 彼の新しい体は、何かに誘われるように動かされた。


「ぶく! ぶくぶくぶく! ぶくぶくぶく!!!(何が! 何が始まるとでは言うのだ?  うおっ! 頭が絞めつけられていく!!!)」


 まるで頭の骨が変形するような感覚――――いや、実際に出産時に赤ちゃんの骨は変形していくのだが……


 だとすれば、この現象は?


「ぶくぶくぶく! ぶく!(まさか、これが新たな生命の誕生か! おうぅ! いざ、転生に!)」


 眩い光。 初めて体内に吸収してくる酸素。 


「ばぶ! ばぶううう ばぶう!(おぉ! これは声も出せ――――いや、鳴き声か?)」


 なぜか良い匂いがしてきた。 誰かに抱き抱えられる感触。


「あなた、私たちの子供。 生まれたわよ」


「よく頑張った。この子は強い子になるぞ!」 

 

 どうやら、2人が両親のようだ。 まだ、うまく目が開かないのでよくわからない。


「あなた、この子の名前を付けてあげて」


「うむ、そうだ。この子の名前は――――ポエポエゲタロウだ!」


「ばぶ? ばぶばぶばぶ?(はぁ? ぽえぽえ……なんだって?)」


 父親なネーミングセンスに、思わず聞き返したルレロだったが、当然通じるわけもなく。


「ほら、あなた。この子も気に行って――――」


「ほぎゃああああああ! ぶぎゅやあああああ!」


「あら? 気にいらなかったみたい。それじゃ私が――――」と今度は母親が考え始めた。


「それじゃ、この子の名前は――――ゲロゲロモブヒコよ!」


「ほぎゃああああああ! ぶぎゅやあああああ!」


 全力で拒否するルレロ。 「あらあら……」と両親は困った顔をする。


「ばぶ! ばぶばぶ!(ルレロ! 俺様の名前をルレロにしろ!)」


 どんな奇跡だろうか? なぜか、彼の言葉を両親は理解したようだ。


「あなた…… 私、この子がルレロって言ってるような気がしてきたわ」


「お前もか? 俺もそう言っているように聞こえた」


 父親はルレロを抱き上げると、


「よし、今日からお前の名前はルレロだ!」


「キャッキャ キャッキャッ(よし、よくやった。 部下が迎えに来たら褒美を取らせよう)」


 しかし、転生後に迎えに来る予定だった部下たちは現れず、そのまま10年の時が経過した。


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


 野良仕事をしていた老夫婦が、聞こえてきた奇声に作業の手を止めた。


「おやおや、またヘルマンさん家の親子かね。元気だねぇ」


 この小さな村では、2人の大声が響くのが日常となっていた。


「ふっはははは、楽しいですな! ヘルマンどの!」


「がははははは、このルレロ! 馬鹿野郎! 父親を変な呼び方をするなと何度言えばわかる!」


 10歳となったルレロは畑を耕していた。 毎日、父親であるヘルマンを木でできたくわで、どちらが早く耕し終わるか競争している。


「ぬおぉぉぉぉ! 今日も負けたぞ。見事であるなヘルマンどの!」


「馬鹿言え、10歳になったばかりの息子に負ける父親がいるかよ!」 


 冷えた水を浴びるように飲む。 滝のように汗が流れ落ちていく。


 午前中にハードな農作業。 それが終われば休憩(父であるヘルマンは、狩りに行く)。


 日が暮れれば、帰ってきたヘルマンの獲物を食べる。 タンパク質多め食生活によってルレロの肉体は10歳でありながら、戦士のように強靭なものになっていた。


「……いや、まるではない」と1人になったルレロは鍬を手にした。


 それをまるで剣のように振る。 子供の遊びには見えないほど堂に入っていた。


「うむ……おそらくは祖父か、ヘルマン自身が騎士の出身なのだろう。農作業の中に剣の鍛錬を巧妙に隠している」


 おそらく、それはルレロの知らない所――――例えば、狩りの時間は如実に表れているはずだ。


 父 ヘルマンは1人で狩りのために森へ出かけ、必ず獲物を持ち帰る。


「仕留めた獲物から察するに、戦うべき強敵を選んでいる。弓矢の腕前もさながら、やはり剣で戦うの好きと……」


 そこまで父親のことを考えて、ルレロは小首を傾げた。


(俺様の目から見て、ヘルマンは優秀な騎士。少なくとも、それ相当の鍛錬を積んだ者。ならば、なぜこのような場所で農奴に身を落としているのだ?) 

 

 

 

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