第8話

 貴族というものは、ある日、突然に生まれてくる物ではない。


 1人の人間が貴族という特権階級を手に入れる方法は実に単純である。


 戦争で武勲を立てる事だ。


 しかし、そうなると疑問が浮かぶだろう。 現王権制度が生まれたのは、魔導王ルレロの死後10年ほど前――――


「いや、今の時代では魔導王ルレロではなく大魔王ルレロであったな」


 苦笑しながら彼は思考を再開する。それから 


「少なくとも100年前」と記憶を辿る。 


「俺様が存命中にグリファン家などいう貴族は聞いたことがない。ならば、100年前の貴族が革命に手助けをして地位を継続したわけではなく、市民から貴族になって90年の歴史と言うことか」


 それから彼は笑った。 普段と同じ「ふっはっはっはっ……」という笑いのはずだが、そこに狂気が見え隠れしているようにも見える。


 果たして、それは見る者の考えすぎなのだろうか?  だが――――


「そろそろ本人に問いただしてみるの一興というものか?」


 ルレロは椅子から立ち上がる。それから、くるりとその場を回った。


 ここはグリファン家の屋敷。その地下にある書物庫だ。


 今もルレロはイザベルとの稽古が終われば、ここを使うことが許されている。


(ならば、俺様の使用目的も承知のはず……そもそも妙なのだ。


なぜ、魔法を禁止する貴族の屋敷に――――それも地下に隠すように――――)


「魔法関連の希少本が保管されているのだ?」


 ルレロの視線は本棚の一ヶ所に向けられた。 そこに人の気配を感じたからだ。


「うむ、貴族の屋敷は戦争下では最後の砦となる。隠し通路や隠し部屋はあって当たり前か」


 ルレロは本棚から本を抜いた。


「おそらく隠し部屋の出現方法は……本の重量。なぁに初めから隠し部屋が存在していると知ってさえおれば、あとは簡単だ。パズルのように1つ1つ……」


 カチッ


 小さな音。しかし、確かに異音がした。


「初見の隠し部屋でも簡単に開ける事ができる。俺様、ルレロ・ギデオンの頭脳があればな」


 岩と岩が擦れ合うような音。 古びた金属が軋む音は、まるで悲鳴のように聞こえた。


 本棚と本棚の隙間が広がる。 その真ん中に石壁と頑丈そうな鉄の扉。


「なるほど、扉にはグリファン家の紋章。最後の守り神という縁起を担いでいるのか」


 ルレロは扉を開けた。 まだ幼い体には難しいと思ったが、簡単に開いていく。


 隠し部屋の奥。 椅子に座っている人影が見えた。


 その人影は、 


「待っていました。やはり貴方が大魔王ルレロ様だったのですね」


 領主であり、ルレロの雇い主であり、イザベルの父親……


 貴族 グリファン卿だった。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


「フン……貴方が大魔王ルレロさまだったのですか……か」


 ルレロは、自信にかけられた言葉を吟味するように繰り返した。


「まるで、冒険小説の主人公が謎を暴いた時の台詞みたいだな。しかし、解せぬぞ」


 ルレロは言葉を続ける。


「グリファン卿は廃魔法主義となったドラゴニアの貴族。なぜ、俺様を招き入れた」


「確かに、我が祖父と父は革命軍中核として戦い、王都陥落。そして王座を簒奪いたしました」


「許せぬ……と言いたいところだが、俺様の死後で内政は混乱を極めていたそうだからな。我が精鋭たちの失策。強いては俺様の先見の明のなさに至るものよな」


「いえ、そのようなことは……」


「ふっははは……俺様の戯れ言よ。気にせず続けるが良い」


「では……」とグリファン卿は仕切り直した。


「しかし、革命はすでに王都から求心力が失った事が原因でした。権力は地方に分散しており、新王権体制がドラゴニアの統一まで、さらに数十年の年月が必要でした」


「なるほど、通りで」と希少本に書かれていた近代史を思い出していた。


(新王が生まれて10年は魔法禁止が厳しかったわけではないのは、そのためか。魔法を禁止した状態で我が精鋭を倒す事は不可能だからね)


「やがて、我が家も代替わりをして私が当主になっても内戦は終わらず、私が戦場に立った時……あるエルフと出会いました」


「エルフだと……もしや、その名前は?」


「はい、察しの通り。 グレン・ノヴァさまです」


 ルレロはグレンの名を聞いて天を仰いだ。


「なるほど、腑に落ちたわ。グレンが中央にいないタイミングを狙って王都を攻めたか。あるいは、権力争いの問題で地方に移っていたか。どちらにしても愚かなことだ」


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 今より30~40年ほど前 地方の戦場にて


「ひ、怯むな! 敵はエルフ1人だけだ。 装備にも魔法対策を施しているのだろう!」


「しかし、グリファン卿! 我々には敵の姿が見えませぬ。我が軍は、この吹雪と戦っているようなもの」


 腹心の言葉に、若き時代のグリファン卿は言い返す言葉がなかった。


 相手は吹雪。 それは決して比喩ではなかった。


 凍てつく雪風の向こう側。 うっすらと人影が見える。


(これでは、まるで極東の雪女ではないか。まさか、これほどまでとは……) 


 もちろん、グリファンたちも相手がグレン・ノヴァだと知っていた。


 あの大魔王ルレロと同格と言われた魔法の怪物。 しかし、対策は万全……少なくともそのつもりだった。


「まさか、これほどだったとは……王都に残る遺産。魔法を無効化する鎧も、巨大な火球を発射する兵器も意味がないなどと……信じれぬ!」


 激しい吹雪。視界はなし。


 味方の声も届かず、姿も見えぬ。 


 もはや、この戦場に残っているのは自分だけではないか?


 その恐怖は、忠誠心の低い兵から順番に敗走を行っていた。


 あるいは、伝達が届かない事を良いことにして、


 総司令官であるはずのグリファン卿を無視して撤退命令を出した者がいたのかもしれない。


「もう、この戦場に残っているのは貴方だけのようね。逃げないの?」


「我がグリファン家は武勲によって成功した成り上がりの家柄。ここで引けば、貴族ではない!」


 寒そうに体を震わしながら、そう雄々しく吠える男にグレンは


「うふふふ……」と妖艶な笑みを浮かべた。 不覚にもその姿に彼は


「美しい。結婚してくれませぬか?」とプロポーズの言葉が自然と出ていた。 

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