第9話

「戦争中、相手の敵将にプロポーズしたのか? グリファン卿?」


 ルレロは呆れたように言う。しかし、当の本人は、逆。どこか誇らしげですらあった。


「戦場で魔法を振るう彼女の美しさ。求婚せずにはいられませんでした」


「それでどうなったのだ? いや、待てよ……まさか、イザベルの母親は!?」


「いやいや、勘違いなされる。グレンさまとルレロさまの関係性は聞かされております。毎日のように愛し愛され、互いに肉体をむさぼり……」


「それグレンが言ったのか? 嘘だから信じるなよ」


「なんと! あの恍惚とした表情は全て妄想だったとでもいうのですか!」


「戦いの最中に何をやっておるのだ。お主もグレンも……」


 それからグリファン卿の説明では、彼はグレンに降伏して捕虜になることは選択したらしい。


 何度となく、彼の両親や新国から捕虜解放の交渉はあったらしいが、その全てを拒否した。


 グレンたち旧王制側が……ではなく、グリフォン卿本人が拒否していたそうだ。 


 どうやら、それもグレンへの恋心ゆえ。単純に近くにいたかったらしい。


「結局、最後まで求婚には頷いてくれませんでした。しかし、その時の私の体験が、魔法への理解は深くしたのです」


(うむ、彼はグレンの信仰者であったか。たまにいた……彼女の美しさとカリスマ性に当てられ、人生観が崩される者。 なんで王である俺様より強いカリスマ性を持ってるんだ? あの宰相!?)


「それで……」とルレロは言葉を選んだ。 それを口にする事に寂しさと怖さがあったから。


「それで、グレン宰相は……グレン・ノヴァの最後はどう戦い、どう死んだ?」


 しかし、グリファン卿の言葉は予想外のものだった。


「はい? いえ、彼女は今もどこかで生きていると思いますよ」


「なに!?」とルレロは驚き、それからクラクラする頭を押さえるのだった。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 グリファン卿の説明ではこうだ。 


 彼が捕虜となった数年間、新王勢力は中央から勢力をさらに拡大。


 勢力を分断され、個々でありながらも地方で戦いを止めなかった旧王制派たちも年月と共に、降伏や撤退が目立つようになった。


 そうなると、逆に勢力が巨大化していったのはどこか?


 宰相であったグレンの勢力である。 


 敵から大魔王。味方からは魔導王と恐れられていたルレロ。 その右腕と言われた彼女には、かつての仲間たちが敗残兵となり、力を失うことで集結することになった。


 ルレロが言う『我が精鋭たち』 それは事実、一騎当千の強者である。


 民草たちの間にも、


「最後の戦いが始まるのではないか?」

 

 そんな噂が流れ始めた頃…… 突如としてグレンたちの勢力が姿を消した。


 まるで最初から幻術の兵であったのかのように、なんの痕跡も残さずに。


「待て待てグリファン卿。そなたは捕虜としてグレンたちといたのであろう? どうして、そんなに民間伝承の英雄物語みたいな他人事として語る」


「あいにく、私も最後までグレンさまと共にいられませんでしたので」


 どうやら、


「最終決戦だ!」となった時、貴族であるグリファン卿を奪還するために特殊部隊のような兵が数人送り込まれたらしい。


 無論、グレンたちも、その存在をあっさりと看破して、あっさり制圧したそうだ。


(そもそも、魔法使いたちの大勢力に秘密裏に救出作戦など不可能に等しいだろう)


 だが、その時にグレンたちはグリファン卿を含む、捕虜の全員を解放したそうだ。


「理由はわかりません。ただ、彼女は私に命じました。 


 いずれ……いえ、ルレロさま崩御から、きっちり100年後。貴方の領土内にあの方の転生体が現れます。心配せずとも、何をしても目立つ方ですから、すぐにわかると思います。貴方は彼に――――全ては、魔導王ルレロさまを再び王座につかせるため。そのために雌伏の時を過ごしなさい」


 それを聞き終えたルレロは、大きくため息を吐く。


 まるで腹部に貯まったモヤモヤを吐き出しているように見えた。


「なるほど、理解はした。しかし、解せない事がある」


「はい、なんでしょうか?」


「農奴に生まれた俺様を秘密裏に保護するため、どこまでお前は動いていたのだ?」


 ルレロがグリファン卿と接点を持ったのは、娘のイザベルが家出した事にある。


 それがきっかけで、グリファン家に定期的に足を運ぶ事になった。


 さらに農奴の身分から自由民になったのは、父親であるへルマンが魔物たちの群れと戦い、追い払う事に成功したからだ。


「一体、どこまでが偶然で、どこまでが必然だったのだ?」


 ルレロの問いにグリファン卿は笑みを浮かべて


「さて、どこまででしょうか?」とだけ言った。

 

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