EP47【突破不能!?】

「うぐっ……」


 俺が目を覚ましたのは、仄暗い整備室基い、控室の作業台上だった。


「スパナ!」


「ネジ……それにクルスくんも……」


 どうやら二人係で俺の破損個所を補修してくれたらしい。ネジは修復魔法(リペア・マジック)を用いてる間にもずっと俺の名前を叫び続けていたらしく、すこし声が掠れていた。


「ったく、俺は死に掛けの患者かっつーの……」


「似たようなもんでしょ! このバカ!」


 まぁ……その通りである。言い返そうにも、俺のワガママで彼女に心配をかけてしまっている手前、何も言い返せない。


 俺はあの一撃で意識を失って、そのままジーク&ドラグニルのコンビに一ラウンド目を取られてしまったらしい。


 そして、今はラウンドとラウンドの間に用意された二〇分のハーフタイムのようだ。この間に出場者は魔導人形(ドール)の補修や調整を行うのだが、やはり両腕が壊れてしまったのがキツイな。


 爆風によって吹っ飛んじまった両腕を、元の状態に戻すのに二〇分という時間は少なすぎる。加えて残った胴体も二人の補修のおかげでだいぶマシな状態を保てているが、それでもダメージはしっかり蓄積していた。


「……にしても、強かった。あぁ……強かったぜ、畜生」


 俺の口から洩れたのは、悔しさ混じりの賞賛だった。


 ドラグニルの性能の高さも勿論のこと、その主人であるジークが厄介過ぎる。長年、コロシアムの王者として君臨し続け、迫り来る挑戦者達を退けてきた実力は本物だ。


 経験から来ているのであろう分析力の高さと、容赦を知らない連撃。グレゴリーを筆頭にした反則ありきのチンピラ連中とは強さの根本的な質が違う。


「今更だけど、高すぎるハードルだよなぁ……」


「けど、どうしても勝ちたいんでしょ」


「あぁ。強い奴が相手だからこそ、負けたくねぇ」


「ほんっと、アンタはバカなのね」


 バカで上等。それに口ではこう言ってるネジだって気持ちは同じはず。提供糸(コード)を介して繋がっているからこそ、「俺を勝たせたい」という気持ちが直に伝わってくるのだ。


 なら、俺は余計に負けていられない。ネジの想いのためにも勝たなくちゃいけないんだ。


「クルスくん。俺の身体に仕込まれた魔法陣を全部消すことってできないか?」


「えっ……な、何言ってるんですか⁉ 保護魔法(プロテクト・マジック)や加速魔法(アクセル・マジック)は近接戦闘に必要不可欠ですよ!」


「クルスくんの言う通りだ。けど、」


「スパナの身体に刻まれた魔法陣を利用されて、ジークさんにまた暴発魔法(アクシデント・ガンディスチャージ・マジック)を発動させられたら、それこそピンチになっちゃうでしょ」


「そ、そうですね……けど、それって」


 小細工も仕掛けもなし。


 文字通り、正面から殴り勝つしかないってことになる。


「そんなの無茶ですよ! ドラグニルには他の競技用人形と違ってトレース式の競技用人形(ファイティング・ドール)なんですから!」


 トレース式? 俺とネジは聞きなれない言葉にそろってクエスチョンマークを浮かべた。


「えっと、ですね。今から解説しますから……」


 曰く、通常の〈ファイティングドール〉の脳には「殴る」「蹴る」などの動きがあらかじめ細かく設定されているらしい。そこに主人が命令を下すことで、〈ドール〉は設定された挙動を組み合わせながら、それを実行できするという仕組みになっているのだ。


 これはコマンド操作式と言われ、複雑な命令を受けた場合、動きにぎこちなさが生まれてしまうのが欠点を孕む。だから主人は〈ドール〉の動きに不自然さが出ないよう命令を出すセンスが問われるのだ。


 それに対し、ドラグニルの採用しているトレース式は〈ファイティングドール〉本体に動きのパターンを一切設定していない状態を指す。


 では、挙動の一切を設定せずにどうやって動かすのか? 


 身体を動かすため脳信号が流れる先を、〈コード〉を介することで〈ドール〉に変更してしまえばいいのだ。────こうやってほとんど〈ドール〉と一心同体になるというのがトレース式の大まかなメカニズムであった。


「トレース式を採用したドラグニルは、より人間に近い滑らかな挙動や、無理な姿勢からの反撃を可能にしています。特にこれは近接で真価を発揮するのですが、主人の格闘センスに依存するほか、主人側への負担も大きなものになります」


 だが、過去の試合でトレース式の負担を感じているように見えなかった。


 これには小細工があるわけでなく、単にジークが持っている耐性が凄まじいのだ。なんでも半分魔族の血を引いているからこそ、多少の無茶も無茶のうちに入らないらしい。


「なにそれ、ズルじゃん……魔族の血縁何でもアリじゃん」


 まぁ、俺も半分は魔族の血を引いているんだけどさ。


〈ドール〉の身体じゃそれも発揮しにくいし、親父に似ちまったせいで元の身体にも翼とか角とか生えてないんだけどさぁ……それでもやっぱりジークのことが少しずるいと思えた。


「ええと……とにかくドラグニルは普通の〈ファイティングドール〉よりも近接が強いってことね!」


 俺とクルスは「あっ、コイツ絶対わかってないな」と直感した。だが、彼女の言う通り、ドラグニルはジークという主人が操ることで初めて抜群の近接性能を発揮するのも事実だ。


 そして、そんな相手を殴り倒すには、どうしても足りないものがあった。握り締めるための両拳が、今の俺には存在しないのだ。


「クルスくん……やっぱり俺の両腕はどうにもならないのか?」


「木っ端微塵に爆破されちゃいましたからね……ダメ元で予備部品に換装しても、性能は数段墜ちるでしょう。それにさっきと同じ状態で挑んだところで結果は変わらないんじゃ」


 クルスくんの指摘はもっともだ。このまま挑んでも絶対に勝てない。


「そうだ! あのパイルバンカーからパーツを流用して新しい腕を創り直すのはどう? 竜骨の耐久値ならドラグニルの猛攻に耐えられるんじゃ!」


「そうですけど……結局はドラグニルの早さについて行けないのが関の山だと思います」


「そもそも、いくらクルスくんの腕が良かったとしても、そんな時間は残されてないことくらいわかんねぇかな?」


「なによ、二人して文句ばっかり!」


 結局俺たち三人は行き詰まってしまう。この試合に勝ちたいと言う気持ちは三人とも一緒だ。


 だが、ジークは最も警戒していたイージスの〈盾の防御力〉を見せることなく、ほとんど一方的に俺たちを敗北へと追いやった強敵。このまま刻々と残り時間がすり減っていく最中、唐突に控え室のドアを叩かれた。


「あの! スパナ様はいらっしゃいますか!」


ドアを開けた先に立つのは大きな木箱を抱えたメイド服姿の職務人形(ワーカードール)だ。そして俺たちは彼女のことをよく知っていた。


「フレデリカ⁉ ……なんでここに、それになんだよその大荷物は⁉」


「ふふっ、とある方からプレゼントを預かって参りましたよ!」


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