EP40【新たな責任】

「はっははは! ひひひ、はは!! いい気味だな、S200!」


 グレゴリーと、取り巻き達の笑い声がゲラゲラと響き渡り、それに混じってフレデリカの押し殺すような嗚咽が聞こえる。


 何か打開策を打ち立てようにも、怒りが先んじて、ロクに発想がまとまってくれねぇ。


 ────「誰かを救う事には相応の責任がある。だからお前は責任を背負えるくらい強くならなくちゃいけない」


 頭の隅をよぎるのは親父の言葉だった。


 こんな時だっていうのに……いや、こんな時だからこそ、その言葉を思い出してしまったのだろう。


「スッとしたぜ。あとはなんて言ったか? お前の持ち主様の名前は」


「テメェ……まさかネジにまで手を出すつもりじゃねぇだろうな⁉」


「そうだ、そうだった!! 闇金魔女のネジ・アルナート! 俺が裏闘技場から追放されたのだって元はと言えば、お前とあのあの嬢ちゃんのせいなんだ。それに、まだ少し乳臭そうだが顔つきは好みなんだ。フリッカちゃんと一緒に俺が大切に可愛がってやるよ」


 プツン、と俺の中の何かが切れる。俺はネジとフレデリカがグレゴリーに痛ぶられる姿を想像し、怒りが限界を超えてしまったんだ。


「グレゴリィィィィッッ!!!!」


 ありったけの魔力を全身に浸透させて、俺は強引にでも立ち上がってみせる。


「な、なんだよ! 言っとくが俺に指一本でも触れてみろ? その瞬間にお前のエキシビション・マッチはパァなんだぜ。魔導人形(〈ドール〉)は主人の命令に絶対従うよう出来てるんだ。だったら、お前だって大事なネジ様の大切な試合を潰したくはねぇよな!」


 俺はグレゴリーの言葉なんてほとんで聞いていなかった。聞くだけ無駄だからな。


 その代わりに懐に手を突っ込んで、中身を全部グレゴリーへと叩きつけてやった!


「な、なんの真似だよ?」


 俺がグレゴリーに叩きつけたのは、懐に収めていた現金だった。


「札と金貨で合わせて、一〇〇万だ……本当は二五〇万が貯まったら全部まとめてネジに突っ返してやろうと肌身離さず持ち歩いてたんだよ。けど俺はこの金で、フレデリカの所有権を買ってやる!」


 親父の言葉が頭をよぎったおかげか、或いは野郎がネジの名前が出してくれたおかげで、俺は冷静になれたのかもしれない。


 この状況で俺が不利な立場に立たされている根本的な原因は、フレデリカがグレゴリーの所有物になっているという前提条件だ。


 ならば、その前提条件をひっくり返せ。


「……へぇ、おもしれぇじゃんか」


 我ながら無謀な策だと分かっている。


 だが、このクズは裏闘技場で荒稼ぎしていたような無法者だ。金をちらつかせれば、全部をしゃぶり尽くそうとする意地汚いハイエナだ。


 だから、食い付け! 食いついて来い!


「いいぜ、その商談に乗ってやろうじゃねぇか」


 グレゴリーは散らばった金を集めさせると、自分自身の手で本当に一〇〇万があるかを確認した。


「ひーふー、みー……確かにあるな」


「ならフレデリカをこっちに寄越せ!」


 俺はフレデリカに手を伸ばそうとする。だが、グレゴリーのヤツはそれを遮りやがった。


「なんのつもりだよ……」


「いや、取引には応じてやろうと思うんだな。けどなぁ、これじゃあ少なくわねぇか。こんなに出来の良い〈ドール〉を百万ちょっとで手放すのも惜しくってよ」


「俺の所持金はそれで全部だ……これ以上は払えない」


「冗談ぬかせ、お前の主人の仕事は闇金だろ? 蓄えだって相当なはずさ。だから、そうだな、ざっと五〇〇万ペルでフリッカちゃんをお前らに売ってやるよ!!」


 五〇〇万……それを支払うにはあと四〇〇万も金が足りない。


 ただ、同時に一つの抜け穴も存在していた。俺がもう一度ネジから金を借りてしまえばいいのだ。


 四〇〇万なんて大金を借りてしまえば、利子でとんでもないことも容易に想像できた。仮に明後日のエキシビション・マッチに勝てたとしても、返しきることは不可能だ。


 何より、俺がまた借金を背負えば、ネジとの約束が果たせないのは勿論のこと。ネジやネジの社員、クルスくんにお袋……そういう俺の更生に期待してくれた人達を裏切る事にことになる。


「ッッ……!」


 だが、ここでフレデリカを救うにはコレしかないんだろう?


 なら、覚悟を決めろ。大切な人を裏切る結果になろうと、これからの人生が返済地獄に堕ちようと、後悔はしない。フレデリカを救う責任も、それで背負う結果も全て受け止めるんだ。

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