EP39【グレゴリーブラッドは悪辣である】(後編)

「俺はただ自分の購入物を持ち帰ろうとしてるだけなんだから、なんも後ろめたいことがねぇんだ。それでも俺たちにケチつけようってか?」


「この野郎ッ……いいぜ、上等じゃねぇか。その書類が本物かなんて証拠もねぇんだ。全員ブン殴って、フレデリカを奪い返してやらぁ!」


 意識を研ぎ澄ませ。集中しろ。アイツらの誰かが攻撃用の魔法陣を展開した瞬間に合わせて、俺の魔力を横から流し込み、暴発させるんだ。これなら数の不利や技術不足を充分に補って隙を作れる。


 そして、出来た隙に生じてフレデリカを抱えて、ここから逃げる。


 へへっ、我ながら完璧なプランじゃねぇか。


「なりません! スパナ様!!」


 フレデリカが俺を制止する。


「どうして?」と、そう思う前に俺はグレゴリーの拳を受けた。隙を作ろうとしていた筈が、隙を見せてしまったのである。


「がぁっ⁉」


 グレゴリーはご丁寧に装着したナックルバスターに魔力を込めて俺ってくれた。殴られた腹からヒビに入り、それが全身に広がっていくのがわかる。


「へへ、フリッカちゃんは分かってるねぇ。なぁ、S200。お前は今年のエキシビションマッチに出るんだって。そんなヤツが善良な一般市民である俺たちに攻撃し、あまつさえ俺たちの〝所有物〟を奪い去ったらどうなるか? そんなの簡単にわかるよなぁ?」


 グレゴリーのことは以前から悪趣味なヤツだとは思っていたが、本当にどうしようもない程の悪辣で、最低なヤツだ。コイツらは俺に大舞台が控えていることをのを理解したうえで、事に及んでいるのだろう。


「とことんクズなんだな、お前」


「おい、おい、おい、口の利き方に気を付けろよ」


 今度は顔を殴られた。


 殴り飛ばされた俺をグレゴリーの仲間が無理やり立たせて、両腕を押さえつける。


「……ッッ」


「いいねぇ、その顔……最高に唆るってもんよ!」


 グレゴリーはこれでも元は軍人で軍事人形(アーミー・ドール)の扱いにも精通している。だから、どうすれば〈ドール〉が簡単に壊れるかなんて熟知しているのだろう。的確に俺の神経系の部品と、動力部の部品を壊してきた。


「ほらほら、どうしたァ! さっきまでの威勢はどこに行ったんだよ!」


 地面に叩きつけられた俺は、もう立てる力も残されていなかった。辺りには俺の破片や、液状化した魔力が散らばっている。


〈ドール〉の身体が壊れれば、剥き出しになった魂は永遠に彷徨うことになる。さらっとネジが口にしやがった警告が頭の中に蘇ってきた。それは俺にとって死と同義だ。


 いままでもピンチを切り抜けるまでの過程で俺は幾度も死にかけてきた。ただ、ここまで明確に殺意を向けられた


 俺は今、殺され掛けている。そう思うと、頭の中に恐怖がちらついた。


「やめて下さい! グレゴリー様! スパナ様が、スパナ様がこのままじゃ!!」


「あっ……? お前は俺の所有物だろ、ゴチャゴチャうるせぇぞ!!」


 鈍い打撃音。彼女もグレゴリーに殴られたのだろう。


 その音で俺の中の恐怖も消し飛んだ。


「ッッ……テメェ! マジでぶっ殺すぞ!」


 俺は本気でこのクズを殺してやろうと思った。


 怒りが叫びに変わり、腹の底から憤怒を吐き出してしまう。ただ、俺のなかに残された理性が必死にそれを堰き止める。────暴力に訴えれば、俺もコイツらと同じクズに逆戻りなのだから。


 不意にフレデリカがヒビの入った顔で、俺に笑いかけた。自分だって壊されてしまいそうなのに、それでも俺を安心させようと微笑んでくれたのだ。


「私は大丈夫ですから」


 そんなわけがない。俺はその一言に自分の無力さを思い知らされた。


 きっと調子に乗っていたんだ。ネジたちと過ごす時間を通してそれなりに更生したつもりになって。強くなれたんだと、変われたんだと錯覚していた。


 だが、実際はどうだろうか? 俺は何もできないまま喚いているだけだ。


 ははっ……俺は何も変わっちゃいねぇ。ネジを救えなかったあの日の俺から少しも進んでないじゃねぇか。

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