EP07 【俺はネジ・アルナートのことが】
「ネジ姐さんはな、お前みたいなクズが近づいていい人じゃねぇんだよ!」
物音を聞きつけた他の社員達もシャワー室に踏み込んできた。彼らはシドを宥めて、シャワー室を後にする。
しばらくして社員の一人が戻ってきた。ケインっていう最年長の社員で、顔に切り傷のある筋肉質のオッサンだ。親父と同じくらいの歳で、社内の連中には兄貴と慕われてる。
ケインは乱雑に小さな包みを押し付けて来た。
「……なんだよ、これ」
「〈ドール〉の修了用具だ」
なるほど……包みの中には、粘土に紙やすり、それと肌色の塗料が包まれていた。これで顔に入ったヒビを埋めろってことだな。粘土を顔に盛って、余分な分をサンドペーパーで削る。最後に塗料で粘土を覆い隠せば、顔のヒビは綺麗に消える。
〈ドール〉の手先の精密さなら一時間も掛からない作業だ。
ケインは遠回しに、シドに殴られたてことをネジにはバラすなって意味で、この包みを渡したのだろう。そこには俺への気遣いなんて微塵もない。
多分、ネジの部下は全員、俺への敵意を持っていると考えてもいいだろう。
「けど、わかんねぇな……アンタらの敵意が」
「俺らからしたら、なんでお前が分かってないかが不思議なもんだよ」
「んなの、知るかっつーの」
「シドは悪いやつじゃねぇんだ」
「いきなり人の顔を殴るヤツが良いヤツな訳もねぇだろ」
さっきも言ったが〈ドール〉には感覚がない。だから顔にヒビを入れられようが痛くも痒くもない。だけど、不愉快なものは不愉快だ。
顔が割れて破片が飛び散る。魔力血管が破れて、魔力が漏れ出す。大事な部品が壊れれば、それだけで全体に機能不全が起きてしまう。
痛みや感覚がなくても、〈ドール〉には〈ドール〉の苦しみがあるってもんよ。
現に今だって割れた顔の破片が眼球に突き刺さり、視界にはノイズが生じてる。この分だと顔の傷を直しても、細かな部品を交換する必要がありそうだ。
修復魔法(〈リペア・マジック〉)っていう裏技もあるが、中級学校で落ちぶれた俺には使えない魔法だ。
「なぁ、おっさん。アンタはは修復魔法を使えるんじゃないか? 破片が目の部品に刺さったみたいなんだ。左目の見え方が悪い。それに顔の中の魔導血管も切れてる。意識の伝達系にもダメージが、」
「分かった。動くなよ」
ダメ元で聞いてみた。するとケインは以外にもすんなり俺の顔に手を添えた。
年の功のお陰だろうか。コイツは案外、話が通じるのかもしれない。
彼が「〈リペア・マジック〉」と彼が唱えれば、魔導循環管が繋がり、目の部品も新品同然のものへと修復された。
ただ、顔に入ったヒビだけはそのまんまだ。
「どうせなら全部、直せよ。ヒビだけ直さないって方が逆に精密や魔力のコントロールがいるし、難しいだけだろ」
「お前が殴られた理由をわかってないからだ。そのヒビを直しながら考えろ」
少しは話が通じると思ったが前言撤回だ。頑固な中年め。親父といい、コイツといい、俺の周りのオッサンどもは揃いをも揃ってめんどくせぇ。
「俺はな……お前の父親さんを。レンチ・ヘッドバーンを尊敬しているんだ」
なんだよ、薮から棒にそんな話を切り出しやがって。
「『レンチ・ヘッドバーン、息子のスパナ・ヘッドバーンはどうしようもない』って言いたいのか? けど生憎だな。そんな陰口、聞き飽きたっつーの」
「違ぇよ。確かにレンチさんは凄かった。俺は歳も近いから憧れもしたさ。愛した女の為なら何度だって立ち上がるレンチさんに憧れない男はいない。世界を救った男なんだ、感謝だって尽きることはない」
へいへい、親父がすごいって話は聞き飽きてるんだよ
「けどな……俺はレンチさん以上にお前に感謝してるんだ」
「は?」
親父よりも俺に感謝してるだと? 英雄と債務者だぞ、何の冗談だよ。
「スパナ・ヘッドバーン。幼い日のお前が戦ったからこそ、今ネジ・アルナートがここに居る。お前がその日のことをどう思っても、それは事実だ」
「……よりにもよってその話か」
俺はそう吐き捨てていた。
どうりで、ケインの口から感謝だなんて、馬鹿げた台詞が出るわけだ。
「あの時の話は、ネジから聞いたのかよ?」
「あぁ。社長は自分の過去を隠さない人だからな」
「チッ……普通は隠すだろ、あんなの過去」
実は、俺とネジの間にはちょっとした因縁みたいなものがある。俺はネジが魔女になったことも、闇金になったことも驚いたが、今振り返れば、当然の結末だとも思える。
普通ならネジと同じような年頃のやつは大級学校に進学するか、真っ当な仕事に着くかのどっちかだ。確かに闇金も仕事ではあるが、真っ当とは言えないだろう。
本来、ネジの人生はこんな風に進む筈がなかったのだ。
だが、彼女の人生は結果として今に辿り着いてしまった。
「胸糞悪ぃ」
俺が間違いを犯してしまったばかりに、ネジの人生は歪曲して、今へと至る。
きっと俺がネジの人生を捻じ曲げた結果として、彼女から色んなものを奪っているのだろう。友人と過ごす筈だった学園生活や、真っ当な職場での社会貢献。そういう平凡な日常をネジが送っていないのは全部俺のせいなんだ。
「スパナ。いい加減、社長と向き合ったらどうだ」
ケインはいちいち人の一番言われたく無いことを指摘しやがる。めんどくせぇ所まで親父にそっくりな奴だ。
「俺は俺なりに、アイツと」
「嘘をつくな」
誤魔化しも通用しない。よく人を見ているんだろう。ネジも良い奴を社員にしたもんだ。
だが、俺の前に立つケインは目障り以外の何者でもなかった。
はっ……もう、この際だ。俺もハッキリと胸の内を明かしておこうじゃないか。
「俺はネジ・アルナートのことが嫌いだ。恨言の一つも吐かねぇ、アイツが大っ嫌いだ」
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