EP19【善い人 悪い人】
クルスくんは髭をしっかりと剃って、身体は巨大魔法(ジャイアント・マジック)で大きくしたらしい。耳も特徴的で俗に言うエルフ耳というヤツなのだが、彼は帽子を目深に被ることでそれを隠していた。
まだ魔族と戦争をしていた頃なら、クルスくんが人間の変装をする理由もよくわかる。
当時は力の弱い魔族を標的に「マーメイド狩り」や「コボルト狩り」なんて、胸糞の悪い真似が流行していたのだ。
面倒ごとを避けるためにも、力の弱い魔族は人間のフリをしていた方が生きやすかったのだろう。
だが、それも二〇年前の話だ。
「親父たちのおかげで、魔族と人間の戦争は終わったんだ。今のパグリスじゃ、普通にノームだって出歩けるはずだろ。変装をするにも神経をすり減らすだけだろうし」
「たしかにスパナさんのいう通りなんですけどね。……でも、世間はスパナさんの思っているほど甘くもないんです」
クルスは自分の経歴について語ってくれた。
彼が帽子を被っているのは単に耳を隠す為じゃない。彼が帽子を被る本当の理由はそこに刻まれた痛々しい傷を隠すためだった。
「僕は片耳を切り落とされたんです」
クルスくんは面倒な連中に絡まれて、袋叩きにあった挙句、人間のチンピラに耳を切り落とされたと語る。
「表向きでは仲良くしてても、裏では魔族をよく思わない人間だっているし、逆に人間をよく思わない魔族だっているんですから」
彼が傷口をなぞりながら口にした言葉は、目を背けたいほどに重く感じられた。
「悪い……俺が無神経だった」
「いいんです。それに人間の中にはどうしようもないほどお人好しな方もいるじゃないですか。────例えば、スパナさんのお父さんや、ネジ社長だって!」
ん……? 俺の頭には疑問符が浮いた。
認めたくはないが、俺の親父は万人が称える英雄だ。クルスくんが親父のことを
「お人好し」と評するのも理解できる。ただ、闇金魔女のネジを同列に並べるのはどうなのだろうか。
「ネジ社長とは酒場で知り合ったって言ったじゃないですか。ちょうどその時が僕がチンピラに絡まれていた時なんですよ」
「それじゃあ、まさかあの極悪ネジ・アルナートがクルスくんを助けたっていうのかよ⁉」
「はい。チンピラさんたちを退治してもらっただけでなく、傷口の手当までして貰いまして」
きっとクルスくんがネジの元で働いている理由には、そのときの恩返しも含まれているのだろう。
「にしても、あのネジが……」
幼馴染の俺は、アイツの小さい頃を知っている。だからこそ今のネジには驚かされてばかりなのだ。
あの弱虫ネジが、ノームの片耳を切り落とすような不成者を成敗できるようになったことも驚きだし、そもそも、アイツの過去から考えれば他人とまともなコミュニケーションを取れていること自体が不思議なのだ。
「どうしたんですか、難しい顔して?」
「あ、いやなんでもねぇよ」
ネジのことを考えていたが、答えは出ない。
昔のネジがどういう経緯で今みたいなネジになったのか?
いくらでも想像できるし、その全てに可能性がある。ただ、一つわかりきったこともあった。
経緯はどうであれ、その原因の一つは俺にあるのだ。
それだけが普遍的な真実であり、俺にはそれ以外が分からない。
「……ネジ、やっぱり俺はお前が嫌いだ」
「なぁんですってぇー!」
不意に森の奥から悍ましい声が響いた。身の毛のよだつような怪物の声、或いは冥府から這いずってきた亡者の声……しかし、実態は俺の幼馴染である。
「ネジ社長⁉」
草木を掻き分けるようにして、ネジが飛び出してきた。
「あら、クルスくん。スパナと会ったみたいね。どう? 話してた通りのロクでなしでしょ?」
「えぇ、社長に聞いてた通りの方でした」
こんにゃろう……クルスくんにまで俺の悪評を流してやがるのかよ。
「あの、スパナさん。何か勘違いしてませんか? ネジ社長は別に」
「ケッ! そこの性悪女が俺のことを裏でなんて言っていようが知ったこっちゃないね!」
「誰が性悪女ですって?」
ネジが拳を構えた。俺はすぐにクルスくんの後ろへと隠れる。
暴力反対! 助けて、クルスくん。
「まぁ……いいわ。それじゃあ、仕事をはじめましょうか!」
「なーにが、『仕事をはじめしょうか!』だよ!」
今回の仕事は魔獣退治の手伝いなのだ。そのためには、まず魔獣退治のプロともいえる〈ギルド〉の人間と合流しなくちゃいけないわけだ。
そこで、適切な順序や役割を指導されて初めて魔獣に挑めるというのにな、何故かこのバカは得意げに仕事開始の宣言をしてみせた。
「だって、もう来ちゃったんだもん!」
「は……?」
なんだか、すごく嫌な予感がするのは俺だけだろうか?
「ゴォアァァァァァァァ!!!!」
その咆哮が合図だった。何かが木々を薙ぎ倒して、俺たちの方へと迫ってくる。
「実はアンタを探してる時に、見つかっちゃって」
「それで追いかけられたわけですね……ふっざけんなよ!! このクソ魔女がぁぁ!!!」
俺の咆哮も、迫ってくる脅威に負けてなかったと思う。
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