EP18【俺にやさしいヤツに悪い奴はいない】
クルスくんは、右腕だけでなく俺の全身を隈なく点検してくれた。
「〈ドール〉だってデリケートなんです。だから、定期的なメンテナンスを欠かさないようにしてくださいね。見た限り関節に油を刺したり、部品をカスタマイズしたりと、そういうこと自体は嫌いじゃなさそう……というか、得意な方ですよね?」
天才造形師を前にすれば、俺が自身の内部パーツを換装していたことも簡単に見破られてしまった。
「えーと……やっぱり内部を勝手にいじっちゃ不味かったな?」
「不味くはないですよ。ただ、上手だからこそ勉強をしないのは勿体無いと思って。どうです、人間に戻ったら僕の元で学びませんか?」
ありがたいお誘いだが、パスだ。
クルスくんに面と向かって言えないが、正直、造形師や魔導エンジニアと言った工業系はちょっと良いイメージがないんだ。
ギャンブルにはまった挙句、こんなザマの俺に人様の仕事をどうこう言う資格がないのもその通りなんだけどな……
「ていうか、クルスくんは何でネジと顔見知りなんだ?」
「同じ飲み屋で意気投合したのがきっかけですかね。その頃はちょうど僕も働き口を探していたので、あとはとんとん拍子に彼女のお世話になっている感じです」
なるほど。だったらクルスくんも一応はネジのとこの社員ということか。シドやケインといった強面連中とは明らかに雰囲気が違うのだが、そこはご愛敬だ。
「ん……けど俺はネジの会社で寝泊まりしてるけど、クルス君を見かけたことは一度もないぜ」
「それは、ネジ社長が僕に工房を与えてくれたからですよ。僕が雇われた理由だって、彼女が社内の備品をメンテできる人材を探していたとのことでしたし」
「それはまたずいぶんな好待遇じゃねぇか。ネジの奴め、俺にはケチくせぇってのに……」
「あはは……本当はスパナさんにも早くお会いしたかったんですけど、ネジ社長にとある部品の製作を頼まれちゃって」
クルスはその部品の製作によほど手を焼いているらしく、ここ数日は工房に篭り、ろくに睡眠もとっていないらしい。
回復魔法(ヒール・マジック)を自分に掛けながら死なないように生活をしているそうだが、彼の目元にはくっきりとした隈もできていた。
「よし、クルスくん。ネジのブラックっぷりを一緒に訴えるぞ。大義は俺たち側にあるんだからな」
「あ、いや! この間、ネジ社長は僕を叱りにきたんです。僕がその部品をどうしても早く完成させたくって、休まず作業を続けていたら、様子を見にきた社長に鬼のように怒られちゃって」
ふーん……ネジのヤツ、俺には死ぬようなことも平気でやらせる癖に、コイツには甘いんだな。
ふーん。別に気にしてないけど、ふーん。
「あれ……スパナさん?」
「別に」
我ながら実に大人気ないと思う。しかし、なんだ?
この何とも言えぬモヤモヤみたいな感情は。ネジが他のやつに優しくしてるのが、なんか、どうにも……。
「それで……ネジは何の部品を依頼したんだ?」
俺の知る中で最も完成度の高い〈ドール〉はフレデリカなのだが、この体の完成度は彼それと同等だ。そんな身体を作り上げた天才ですら、手こずる部品の製作依頼があるというのか?
俺は半分、疑念交じりに聞いてみたのだが、クルスくんは意気揚々と返してくれた。
「まぁ、楽しみにしててくださいよ! きっとスパナさんも気にいる部品なので!」
目がキラキラと輝いていて、とても情熱が眩しい。
「お、おう……」
多分、彼は善良なのだろう。仕事にかける熱みたいなものが伝わってくるのもそうだが、俺のようなクズにさえ友好的に接してくれる。
だから俺もちょっと彼に興味が湧いた。そうだな、例えば───
「クルスくんはなんで耳を隠してるんだ?」
火、水、土、風の四大元素を司る精霊のなかでも、クルスくんは土の扱いに特化し、〈プランツ・マジック〉を使いこなす「ノーム」という魔族に分類される。
「ノームってのは、本当はもっと背も小さくて、男のノームは若くてもモッサリ髭が生えるんだろ」
だがクルスくんはそうじゃない。彼は魔法や衣装を併用することによって、その姿を人間のように偽造しているのだ。
「詮索するのもあれだが、どうにも気になってな」
「そうですね、やっぱり気になっちゃいますよね……」
クルスくんはしばらく逡巡したような素振りを見せた。それでも彼はポツリ、ポツリと語りだす。
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