EP12 【拳は虚しく】
「よしっ!」
俺はデストロイヤーと向き合った。デカくて、おっかないが、勝てない相手ではない。
人形武踊のルールは単純明快だ。所持者が〈ドール〉に供給糸(〈コード〉)を介して魔力を供給しながら闘わせる。所持者の魔力切れか〈ドール〉の戦闘不能によって勝敗が決まり、コロシアムでの正式な試合ならスリーラウンド制や使用禁止の魔法なんかの細かなルールがあるのだが、ここではそれがない。
互いに壊れるまで〈ドール〉を戦わせる、クソみたいなリングだ。
〈……聞こえる?〉
〈あぁ……ちゃんと聞こえるぜ。そっちは?〉
〈私も大丈夫〉
〈コード〉は魔力に感情を織り交ぜることで、意思伝達の道具にもなる。ただ、普通の〈ドール〉は意思を持たないので、所有物側が命令を出すだけの一方通行だ。
けど、元人間の俺は違う。口に出さずとも供給糸を通して、ネジと意思疎通を図れるのだ。
〈多分、魔力の総量なら俺たちの方が多い〉
〈スパナが元々持ってる魔力と私の身体に流れる魔力。合わせれば大体、相手の二倍くらいかな?〉
〈いや、三倍はあると思う〉
いくら相手が元軍人でも、魔族の血筋と現役魔女の総魔力量には敵わないだろう。この総魔力量は俺たちのアドバンテージだ。
だが、魔力量が多いから有利になれるとは限らない。
〈寧ろ、不利条件の方が多いかもな〉
まず、武器。デストロイヤーの持っている大鉈は「切る」に「潰す」に加えて、上手く使えば攻撃を防ぐ盾にもなる。リーチだって十分だ。
それに対し、俺に武器はない。厳密に言えば、このバベル闘技場でも武器の貸し出しは行われているが、俺自身に武器を扱った経験がないことに起因した。付け焼刃はかえって失敗を招くだけ。
だから、俺の頼りは強化プロテクターを填めた拳に限定された。
次に〈ドール〉としての性能差。これも俺が負けている。相手はルール違反の〈アーミードール〉なんだ。防御力、攻撃力、共に〈ファイティングドール〉のスペックを大きく上回っている。
最後に所有者の差。俺はネジは優秀な魔女だと評価している。魔力量も多く、使える魔法も幅広い。
だが、相手のグレゴリーはネジよりも実戦の経験を積んでいる。それに元軍人なら魔法を用いた戦闘に、更に言えば相手を倒すことに長けている。
〈やべぇ……どうするんだよ〉
〈先手必勝ならどう?〉
まぁ、それしかなさそうだ。殺られる前に殺れば、殺られない。
ネジらしい脳筋理論だが把握した。不利になる前に、魔力量でゴリ押す作戦は理にも叶ってる。
「早く始めようぜ、嬢ちゃん」
グレゴリーは余裕の表情だった。
「いいぜ、その表情、すぐに歪めてやんよ!」
ゴングが鳴ると同時に俺は最初の一歩を強く踏み出した。デストロイヤーの大鉈だけでなく、全ての武器に対して、素手の俺が唯一勝る点がある。
〈野郎が獲物を構えるまでのタイムラグ! そこを突くぞ!〉
〈任せて! 加速魔法(アクセル・マジック)!〉
靴裏に仕込まれた魔法陣の効力によって、俺はさらに加速する。懐に入って隙だらけの腹部へと飛び込んで、渾身の一撃を叩き込んだ。
「オッラァ!!」
拳に魔力を込めておいた。武器や身体に魔力を流し込み闘うのは人形武踊だけじゃなく、魔法戦闘の基礎だ。
〈ネジ! もっと魔力を供給してくれ! このままコイツをぶっ壊す〉
〈オッケー。ついでに、これもおまけよ!〉
ネジは〈コントロール・マジック〉以外にも俺の全身に、様々な戦闘用の魔法陣を刻み込んでいた。最初から戦わせる気満々だったのだ。
〈属性付与・雷(エレメントアシスト・サンダー〉
いいセンスだぜ、ネジ。魔導人形は精密な部品が複雑に組み合わさっている。そんなものに雷なんて落ちてみろ。一発で戦闘不能まで追い込める!
俺はひたすら紫電を纏うグローブをデストロイヤーの腹へと幾度もなく打ち込んだ。
打って、
打って、
打って、
打って、
打ちまくるッッ!
「属性使用・雷(エレメントユーズ・サンダー)ァ!」
手ごたえありだ。雷撃が魔力血管を焼き、内部を破壊。ゴングは試合終了を告げる筈だった。
だが、何かが足りない。
「悪くねぇ拳だな……けど温いなぁ!」
俺達は本気だった。少なくとも俺は本気でデストロイヤーの腹にラッシュを打ち込んだ。
雷撃だって、完全にヒットしたはずだ。ガードされたり、避けられたりしたわけでもない。
「なっ……⁉」
それなのに、俺の拳はデストロイヤーに効いていないかった
「所有者の判断も魔力の質もいい。ただ〈ドール〉がダメだな。魔力のアウトプットに問題がある。不良品なんじゃないか、ソイツ?」
グレゴリーの言う通りだ。俺は魔力量こそ、血筋のおかげで平均値を上回る。
だが、中級学校に上がるにつれて気づいたのだ。俺は魔法を使うの才能がないと。小級学校までの魔法は魔力量の多さで無理やり誤魔化してきたが、中級学校からはそうはいかなかった。
「クッソ……!」
俺はもう一度、拳に電撃を込め直す。
今度こそ……今度こそ、上手くやってやるんだ。俺は天下のスパナ様だろ? 自分にどうして魔法を使う才能がないのかも自覚してる。だから、そこを意識して改善すれば、
「スパナ! 上よ! 上を見なさいッッ!」
ネジが必死に上を指さしていた。────俺がモタモタしている間に、デストロイヤーが大鉈を真上へと振り上げられていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます