EP15【収入が欲しいなら】

 俺たちは店の裏側で睨み合っていた。お互いに納得いかないんだ。


「なんなの、その態度?」


「そっちこそなんだよ? あのしょぼい額は? 舐めてんのか?」


 俺がバベル闘技場で戦えたのは、借金を全部返せると思ったからだ。それなのに、俺が稼いだ額は土木現場の週給と変わらねぇ。 


「しょぼい額って……当たり前じゃない。賭けた元手が少ないんだから」


「は……?」


「私はアンタが土木現場で稼いだ一万ペルの内から三千ペルだけを賭けたわ」


「はぁぁぁ⁉ なんで、そんな少ない額しか賭けてねぇんだよ⁉」


 仮に一万を全部賭けたとしても、四万に膨らむはずだ。借金を返し切るのには程遠いが、それでも大儲けは大儲けじゃねぇか!


「つか、試合の出場料とかは? あれだけ俺様が盛り上げってやったんだし。いくらか包んでくれたって」


「あそこの出場者は結局、あそこしか居場所がないの。だから、そんな出場者たちに出場料を払う訳ないじゃない」


 うっわ、酷っでぇブラックじゃん。


「俺の所持金を元手にするところまでは、まだ納得できる。けど、なんで全部を賭けなかったんだよ? ネジは俺が勝つって信じてくれたんだよな?」


「えぇ。私はスパナが勝てるって信じてたから、あの日、バベル闘技場に連れて行った。結果的に三千ペルを賭けて、一万二千ペルまで膨れたんだから、得したじゃない」


「だーかーら! なんで、俺が勝つって信じたくせに、全額賭けてくれねぇんだよッ!」


 本当に俺を信じてるなら、一万ペル。


 いや、せっかく制限がないんだから、もっと大金を賭けてくれれば良かったのだ。


「あのね、スパナ。私はアンタを信じてる。けど、いつまでもギャンブルに勝ち続けるなんて無理な話なのよ」


「た、確かに……そうかも知れねぇけど」


「だから私は一つルールを決めたの。これからバベル闘技場にはアンタの意思で挑戦してもらう。ただし、掛けていい額はアンタの所持金の約三分の一まで。尚、上一桁より下は切り捨てにする」


「……んだよ、それ」


 ネジの定めたルールの実態は、俺のためのルールだ。


 俺が所持金を全部擦らないように制限を掛けてくれているのだろう。三分の一は、失っても、なんとかフォローできる数字だからな。


「つまり、大金を賭けで勝ち取りたいなら、元手となる額を真面目に働いて集めなさいってことだな?」


 当然のことながら、俺にとっては一番堪える内容だ。


「正解。なかなかに名案でしょ?」


 あぁ。実に腹立たしい案だ。


 借金を取り立てたい癖に、なんでこんな周りくどい手を取るんだか? 幼馴染の温情って言うのなら余計なお世話だ。


「アンタは今、大判狂わせを起こしてバベル闘技場でも注目の的よ。だけど、人気な分、一回の試合で得られる額は少なくなるわね。皆がアンタに賭けるんだもの」


「競馬でいう所のオッズが低くなるってヤツだな」


「この前が四倍だったから、次は半分くらいかしらね?」


 一試合勝っても二倍。そして、俺の賭けていい額の制限は所持金の三分の一まで。


「お前! ギャンブルで借金返させる気ないじゃん!」


「返済までの足しと気晴らしにはなるでしょ? というか一括返済をギャンブルで済まそうとするな!」


「うっ……けど、かなり危険な橋を渡っても、見返りが微妙な気がするんだが」


「だって、本当の狙いは違うもん」


 ネジはふふんと、得意げに鼻を鳴らした。 


 だが、ちょっと待て。ネジの狙いは俺に理不尽な試合をさせて、一気に大金を得ることじゃなかったのか?


「お前……マジで何企んでやがる」


「まだ内緒。ただ成功すれば、借金はチャラね」


「それ……ホントか?」


「信用ないわね」


 そりゃ、これまでも散々騙されてきてますし。


「まぁ、アンタの態度が悪かった理由も分かったし、事前にこういう話をしてなかった私にも非があったわね」


「おう。非を認めろ! そして、土下座しろ」


「調子乗んな!」


 腹を殴られた。


 しかも、ネジの奴め、拳に捻りを加えてやがる。直した身体がまたひび割れてしまった。


「……」


「なによ? 痛くないでしょ」


「痛い、痛くない以前の問題だわ!」


 粘土で傷を埋めて、硬化したら削ってと、修理がいちいちめんどくせぇんだよ。


 お前のとこの社員に修復魔法〈リペア・マジック〉を掛けて貰らうにも、すごく嫌そうな顔されるし。


 ネジがパン! と手を叩いた。


 話を切り替えるとき合図だ。コイツは自分の非を認めないどころか、俺の身体を壊したことを誤魔化そうとしてやがる。


「ねぇ、スパナ。それよりも大金を稼げる方法があるんだけど」


「……んだよ、新しい仕事の紹介か?」


「報酬はなんと三〇万ペル」


「さ……三〇万だとッ⁉」


 俺は提示された額に目を剥いてしまった。そんな美味しい仕事やるに決まってるじゃねぇか! 


 ◇◇◇


 しかし、俺もいい加減学ぶべきだったのだ。


 ネジが持ってきた儲け話だぞ。そんなものが、まともなわけがねぇって。

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