EP31【無茶もここに極まれり】

 クルスくんは興奮気味に、以前の魔獣退治でも大活躍した秘密兵器の長ったらしい正式名称を一文字違わず読み上げてみせる。


「ほら、見てください!」


 彼が向こうに被せてあったブルーシートを剥ぎ取れば、完成品の腕が顕となる。外部を覆う装甲は、ネクロ・ドラゴンのものを再利用したと思われる竜骨で成っていた。これならば内で溢れる膨大な魔力を抑え込むこともできるはずだ。


 細部設計も見直しが行われているおかげか、前よりも軽く、形もシンプルにまとめられていたそれなのに、リボルバー形式で鉄杭を装填する機構が採用されっぱなしなのは、彼なりのロマンとこだわりか。


「もしかして、クルスくんがネクロ・ドラゴン退治の仕事をしたのって、この腕を作る為だったんじゃ」


「ご明察。それじゃあ、早速試しましょう! 今すぐ、その威力を実験です!」


 クルスくんの目は本当にキラキラと輝いていた。この新しい腕は彼の中でも指折りの自信作なのだろう。


 ふふ……そして俺も実はほんっとうに少しだけ、完成したこの腕に期待してるんだ。


 腕を付け替えたなら、軽く構えてみた。鉄杭を撃ち出すだけじゃなくて、これまで通りの素手の格闘にも対応できるだけの強度と関節の滑らかさもある。


「ほんと、クルスくんはいい仕事をしてくれるな」


「試し打ちは外でやりましょう。スパナさんの魔力だけで撃てるようアップグレードしたんですが、それでも社長の魔力による弾道補正がないと誤射の恐れがあるので」


 工房の裏に回れば、そこにはおあつらえ向きの空き地があった。


 そして、足元には焼け焦げたような痕がある。まるで何かを爆発させたような。それに仄かに火薬の臭いも残っていた。


 犯人は十中八九、クルスくんだ。きっと、夜な夜なここで試作品のテストをしていたのだろう。


「では、これを撃っててください」


 次いで工房からリアカーでゴロゴロと運び出されてきたのは、巨大な魔鉱石の塊だ。


 ざっと一メートル弱のでっかい塊。このサイズならそれだけでも十分な硬度を誇るのだろうに、クルスくんはさらに保護魔法(プロテクト・マジック)や衝撃吸収魔法(ディスサーバー・マジック)等の魔法陣が合計で二〇組は近く書き足した。


 魔法陣は鉱石に内包された魔力によって起動する。そして魔法陣が起動してしまえば、この鉱石の硬さはいよいよ竜骨をも超えてしまうだろう。


「はは……流石にこれを砕くのはキツくないか?」


「けど僕は、僕自身の技術とスパナさんを信じてますので」


「それはありがたいけどさ、なんでこんな硬い物で試すんだよ? 竜骨を砕けるだけでもオーバースペックなんだぜ?」


 土木工事やそこそこ魔獣相手に用いるのなら、そこまで性能を突き詰める必要もない。それがクルスくんのロマンだと言われてしまえばそれまでなのだが、気になったので聞いてみた。


「それはですね、社長の依頼が〈イージスの盾〉を砕けるくらいの武器を作れとのことだったので」


「はぁ⁉ 〈イージスの盾〉だと⁉」


 俺は思わぬ宝具の名前が出てきたので、素っ頓狂な声を上げてしまった。


〈イージスの盾〉とは魔族だけが扱える特殊な宝具の一つだ。所持者の魔力量に応じて、防御力が向上する特性を持ち、元々は親父の仲間が愛用していた武器だったが、戦後に必要に売っぱらってしまったそうだ。


 そして、盾の行方はというと、流れ流れて、このパグリスの中心に聳えるコロシアムの現チャンピオン、ジーク・ガルディオンが保有する


 彼の操る競技用人形(ファイティングドール)、D00・FDこと「ドラグニル」もかなり攻撃的なカスタマイズを施された一級品の〈ドール〉だ。そこに〈イージスの盾〉まで加わればまさしく攻防一体の修羅と化す。


「けど、なんでそんなものをネジは作らせたんだよ?」


「まぁ、いいから、いいから!」


 クルスは早くパイルバンカーを試したくて、待ちきれないと言った様子だ。どうやら、細かいことを考えるのは後みたいだな。


「……ふぅ」


 俺はキツく拳を握ると、この前と全く同じ感覚でパイルバンカーを放つ体制を取る。ネジによる魔力の供給がないので、魔力充填率は六〇パーセントを満たないが、試し打ちにはこれで十分なはず。


 呼吸を整え、いざ征かん!


「発射、三秒前! 二! 一!」


「「ファイアッ!!」」


 鉄杭が俺の腕内から打ち出されたのが熱で伝わる。鉄杭には回転がかけられ、その摩擦で腕内が熱を帯びているのだ。


「ツッ!!」


 思わず、前回以上の反動で俺は後ろにのけ反りそうになった。しかし、そこはかろうじて踏ん張りを効かせる。


「はは……はっはは……!!」


 想定以上の威力に思わず変な笑いが出てしまった凄まじい金属音に、飛び散る火花。そして、俺の眼前には鉄杭が奥まで刺さり貫通した魔鉱石が残っていたのだから。


 腕部のダクトが開いて、排熱もしっかり行われている。次弾もスムーズに装填され、何の文句の付けようがない。完璧な仕上がり!


「さすが、僕!」


 クルスくんもガッツポーズを決めてみせた。


「これならコロシアム王者も夢じゃないですね、スパナさん!!」


 興奮気味にブンブンと手を振っている。けど、流石にそれは言い過ぎだ。


「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ。俺はせいぜい、裏闘技場のチャンピオンがいいとこさ」


 そういえば、来月にはそろそろコロシアムで王者決定戦が始まる時期だな。年に一度の一大イベントなのだが、今年のジークの対戦相手はまだ未定となっていた。


 対戦相手は毎年チャンピオンのジークが指名するのだが、その試合で勝てば、名誉と賞金は三〇〇万ペルが手に入る。それに出場料もかなりもらえるらしいし、選ばれた対戦相手が羨ましい限りだぜ。


「はぁーあ、俺も出れれば良いのになぁ!」


「えっ……もしかして、まだ社長から伺ってないんですか?」


 クルスがキョトンと首を傾げた。……もしかして、この流れはいつものパターンではないだろうか。俺だけが聞いていないで、ネジに無理難題をふっかけられるいつものアレだ。


「見つけたわよスパナ」


 空中から俺のよく知る声がする。流星号に跨ったネジ・アルナートその人だ。


「ま、まさか……ネジ、お前!」


「そうよ! 御察しの通りアンタには来たるコロシアムでの王者決定戦でジークの操るドラグニルと戦うことになるの!」

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