EP32【噂が呼び込む特大チャンス】


「はぁ⁉ 聞いてねぇぞ⁉」


 俺は空の上の魔女に抗議するのを我慢できなかった。


 もうこの間の恥ずかしい一言なんてどうだっていい! やっぱ、お前なんて大嫌いだ! 


「落ち着きなさい。今回は別に命を賭けさせるわけじゃないんだし」


 ネジがスタッと箒から飛び降り、着地する。


 確かに、危険度で見れば今回が一番マシかもしれない。けどなぁ、規模が違うんだよ! 


 コロシアムでの一戦ってのは国民にとっての数少ない娯楽であって、金持ちから貧乏人、王国勤めの騎士から、路地裏のギャング連中まで揃って見に来やがる。そんなとこで負けてみろ、赤っ恥もいいとこじゃねぇか!


「あら、まさか、負けるのが怖いの?」


「うっぐ……そっ、そんなわけねぇだろッ!」


「そうよね、私の知る天下のスパナ様は戦う前から負けることを考える根性なしじゃないものね」


 誰だよ、お前の知ってるスパナ様って。俺の知ってるスパナ様は、現在進行形で負けることにビビってるぞ。


「つか……なんで俺がチャンピオン様の対戦相手に指名されるんだ? まさか、また何かのコネで⁉」


「流石の私でも、表社会のビッグイベントに関与できるようなコネはないわよ」


「なら、なんで俺なんだよ。エキシビション・マッチの候補者なら他にもいるだに。去年ジークと戦った剛斧のアルゴスとか、一昨年の鉄拳のガシアとか」 


「それについては直接本人に聞くことね。呼出魔法(〈コール・マジック〉)」


 ネジの声に合わせて、俺の耳元に小ぶりな魔法陣が現れる。


〈コール・マジック〉はこの魔法陣を介して、遠くにいる相手と連絡を取り合える便利な魔法だが、それを機能させるには呼び出し相手の認証が必要になる。


 呼び出したい相手は、コロシアムの絶対的王者だ。そんな人物が裏社会に生きる闇金魔女と、その所有物である〈魔導人形〉のコールに応じるわけが


『はい、もしもし』


 ちょっとの間をおいて返ってきたのは、紛れもないジーク・ガルディオンご本人の声であった。


「んな、まさかッ!」


『その声、君が件のS200・FDことスパナ・ヘッドバーンくんだね。ということは、ネジ・アルナート社長もご一緒かな?』


 落ち着きのある声から想起されるのは、以前にコロシアムで見たことのある彼の姿だ。


 ジーク・ガルディオン。白と黒の混じった髪に、灰色の瞳、そして腰からは太い尾を伸ばす青年だ。


 彼も俺と同じで母親が魔族らしく。竜のような尻尾を持つことも、所有者の魔力に依存し性能が変動する〈イージスの盾〉を使いこなせるのも、その血縁故だった。


 雰囲気から察するに、ジークはすでにネジと面識があるようだ。本当にこの魔女は俺にバレないようことを進めるのがお上手らしい。


『スパナくん。僕はこれまで数多の〈人形舞踊〉の試合を通しながら、数一〇〇人以上の〈ドール〉使いたちと死闘を演じてきたんだ。そして、数ある〈ドール〉の中には君のような元人間のドールだっていた』


「お、おう……随分と藪から棒に切り出してきやがったな」


 というか、ネジの奴は俺の正体を明かしてもよかったのかよ? 魂を〈ドール〉に閉じ込めるなんて所業、普通に聞いたら人間性を疑われるのはお前の方だぞ。


「えっーと、たしか元人間の〈ドール〉ってのは本当に最初期に作られたんだよな? だったら、後期に作られたアンタの〈ドール〉が圧勝したんじゃないか?」


『いいや、あの試合は僕の完敗だったよ』


 ジークが負けたなんて話を俺は聞いたことがなかった。百戦錬磨の猛者だからこそ彼はコロシアムの王者として君臨しているのだ。


 では、それは公の記録に残らない非公式時代の出来事か。あるいは、彼が〈人形舞踊〉の選手として駆け出したばかりのアマチュア時代の話か。


「だから、スパナくん。君との試合は僕にとってのリベンジマッチでもあるんだ。元人間の〈ドール〉を倒して昔の自分を超えるためのね」


「ははっ、それはずいぶんとストイックなもので」


 爽やかボイスで、妙な因縁をつけてくれるじゃないか。けど、ひとまずそれでエキシビション・マッチの対戦相手に選ばれた理由もハッキリした


 ジークはジークなりに過去の敗北を、同じ元人間の魔導人形である俺を倒すことで清算したいのだろう。


 それにこの話は俺にとっても旨味しかない。試合に出るだけで多額の出場料が出るのだ。さらにエキシビション・マッチと言えど、チャンピオンであるジークを降すことが出来たなら三〇〇万ペルの褒賞金も付いてくる。


 それだけの大金が手に入れば、俺が抱えている残りの借金を突っ返してやることも簡単だった


「ネジ、もしかして、お前が企みって」


 もしもネジの目的に俺の更生が含まれているのなら、裏闘技場での賭け試合や、命の危険が付きまとう魔獣退治にも反対である筈なのだ。


 だが、彼女は敢えてそれを許した。それは何故か?


 俺はパチン! と指を弾いて、久々の推理を披露してやる。


「俺が裏闘技場で派手な勝ち方をしたり、危険な魔獣を討伐したりすれば少なからず噂になる。それでジークに興味を持ってもらって、エキシビション・マッチに指名させたってわけだろ」


 厳密には俺の持ち主であるネジが対戦相手として選ばれたのだろう。しかし、それも些細な差異に過ぎない。


 俺は答えを求め、ネジの顔を覗き込む。だが彼女の指先が作ってみせたのはくっきりとしたバッテンマーク。


「残念。ブッブー! 不正解です!」


 耳に当てた魔法陣越しに、笑いをこらえるジークの声が漏れてくる。さてはこの人、思いのほかフレンドリーだぞ。


「ふふ。スパナの予想は完全に不正解って訳じゃないのよ。私も最初はアンタをゴリゴリの武闘派として有名にして、ジークさんにも関心を持ってもらおうと思ってた。────だけど、ジークさんがアンタに興味を持った理由はそんなの噂じゃないの」


『あぁ。僕が君に興味を持ったのは、最近パグリスを騒がせる働き者の噂さ』


 最近の俺の仕事ぶりがちょっとした噂になっている件なら自覚している。ただ、それはコロシアムの絶対王者に関心を抱かせるような内容ではなかったはずだ。


『エキシビション・マッチには興行の側面も大きいからね。話題のドールを無視できないんだ。それにね、僕自身も君たちに興味がないと言えばウソになる。英雄の息子と闇金魔女。二人を絆をつなぐのは多額の借金。そんな二人がどんな想いで僕に向かってくるのか? それを拳を交えて教えて欲しいんだ』


「ハッ……アンタ、まともそうにしゃべる割に、意外とバトルジャンキーなんだな」


「ちょっと、スパナ!」


 横からネジに小突かれた。口を慎めってことなんだろう。けど、これは俺が彼に贈れる最大限の敬意でもあった。


 それが伝わったからこそジークの声には笑みが混ざる。


『試合当日を楽しみにしているよ、チャレンジャー』


「上等だよチャンピオン。今から荷物をまとめときな。三百万とアンタの椅子はこの俺、スパナ様のもんだ!」


「もう……けど、スパナ、もっと喜びなさい」


 そりゃ、内心で喜ぶさ。


 この試合に勝てば三百万。借金も全部返せて、ネジの言葉の続きも聞ける。それに勝つための切り札だってクルスくんが完成させてくれた。


 この万全な状況で喜ぶなって方が無理な話だろ。


「今から借金を返せるのが楽しみだぜ!」


「そうじゃなくて、アンタにはもっと喜ぶことがあるでしょ」


 ネジが俺の前に指をピンと立てた。


 ぷくっと頬を膨らませて、怒っているかと思ったが、彼女の顔が嬉しそうな笑顔へと変わる。


「過程がどうあれ、アンタの頑張りが噂になって、色んな人に認められて、それが今最大のチャンスを呼び込んだ。私の企み通りに事が進んででジークさんと戦うより、よほど良いじゃない。だから喜ぶの! アンタの自身の成長と変化をね!」


 ネジは本当に嬉しそうだった。


 けど俺は思うんだ。俺が成長できたのも変わることができたのも、彼女のおかげだと。


 だから、今度こそは恥ずかしがらずに感謝を伝えよう。


「ありがとう、ネジ」


「らしくないじゃない。けど、どういたしまして!」

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