EP36【祝杯は騒いでこそ】


「さぁーて! 皆、グラスは持ったかしら?」


「「いえーい!!」」


「では、僭越ながらこの私、ネジ・アルナートが乾杯の音頭を取らせていただきます! 本日の債務者スパナ・ヘッドバーンの借金返済前に乾杯っ!」


 フレデリカの店いっぱいにガラス同士がぶつかる小気味の良い音が響いて、その余韻が溶けてゆく。


 ネジの計らいで、本日は店を貸し切ってのパーティなのだ。参加者はネジに俺。彼女のとこ社員やクルスくんの総勢十七名。お題目は俺の借金が返せる目処がたったことである。


 コロシアムでのエキシビション。マッチはいよいよ二日後に迫りつつある。


 ジークに勝てば三〇〇万の賞金が入ってくるからと言って、まだ勝ってもいないのに、それを祝うのはかなり気が早すぎる気がする。ただ、主催のネジ曰く、今日は俺の成長を祝う会でもあるらしい。


 つまり今日のパーティーの主役は他の誰もないこの俺、スパナ・ヘッドバーン様であるわけだが。


「はい、二番テーブル、お待ち!」


「おい、スパナ! こっちにも」


「あいよ! 四番テーブルはオムライスな!」


 俺は給仕係に徹していた。ったく、闇金の社員のくせに可愛いもの頼むなよ。


 厨房に駆け込むと、フライパンの上でご飯と具材にケッチャップを敢えて卵で包んでいく。


「ふぅ……よし!」


 すっかりこの手の類の仕事にも慣れたものだ。俺は溜まったオーダーに応えながら、次々に料理を作り上げて、に提供していく。


「あの……スパナ様」


「ん? どうした、フレデリカ」


「今日のパーティはスパナ様の借金返済祝いなんですよね?」


「厳密には金を貸せる目途が立っただけだと。まぁ、そうだな」


「でしたら、スパナ様も今日はお仕事を休んで、皆さんとお過ごしになるべきじゃ」


 フレデリカの言う通りだ。パーティの主役が料理の配膳をしてるってのも変な話だろう。


 けど、この役割を自ら買って出たのは俺なんだ。こんな風に祝われるのはこっ恥ずかしいって理由もあるし、何よりこの店には以前にグレゴリー絡みの一件で迷惑を掛けちまったからな。


「おい、スパナ。フレデリカちゃんへの気遣いも分かるが、主役なんだから、お前もひと段落したらこっちへ来い!」


 そう言って、赤ら顔のケインが厨房に顔を出してきた。早々に強い酒に呑まれてしまったのだろう。口では「ひと段落したら」なんて言いながら、俺を引きずり出そうとしてきやがる。


「なっ……掴むな、離せ⁉」


「私は大丈夫ですので、どうぞ皆様とお楽しみください、スパナ様」


 フレデリカはいつも通りの笑顔をたたえてみせる


「けど……」


「この程度のオーダーなんの問題もありません。私の方がこの仕事は長いんですから!」


「つか、お前、適当な理由を付けて、パーティから逃げようとしてるだろ?」


 うっ……ケインの指摘は半分正解だ。


 今日のパーティに際してネジから「一時的に体を返却しようか」と提案があった。こういう席ならば飲み食いもあるだろうからと。


 けど、俺は結局その提案も断った。やっぱり、人間に戻ってから最初に飲む葡萄酒は借金を返し終えた自分への祝杯にしたいからな。


 そんなわけで、俺はこのパーティに半ば参加したくないのである。


「つか、俺ってお前らから嫌われて、敵視されてるじゃん!」


 ネジの社員達に向けられた、あの視線を俺は忘れないぞ。


 シャワー室でぶん殴られたこととか、絶対忘れらない。


「あぁ、確かに皆、社長と向き合えないお前のことが大嫌いだったぞ。けど、今のお前は社長と向き合っってみせたじゃねぇか」


 ケインが俺の背中を押して、社員達が飲んでいる席のど真ん中に俺を捻じ込みやがった。


 一斉にイカつい連中の視線が俺へと注がれる。盛り上がっていた会話は中断、辺りが一気にしんとしてしまった。


「えっと……あはは」


 うん。やっぱ、俺嫌われてるじゃん。


「なぁ……スパナ」


 一番最初に口を開いたのは、若手のシドだった。


「あの時殴った理由が、今のお前にはわかるか?」


 シドの目は俺を試すようだった。


 すこし思案して、俺も頭に浮かんだ考えを素直に口にしてみた。


「まだ、明確には分からない。けど、お前らはネジが好きで、そんな彼女からずっと逃げてきた俺が許せなかった……そんな感じか?」


「二〇点」


 シドが真顔で答える。


「えと……何点満点?」


「もちろん一〇〇点に決まってるだろ。部分点はやれるが正解には程遠いな。お前はネジ社長のことを何もわかっていないんだ」


「いや、あの暴力脳筋闇魔女のことを俺以上にわかってるやつなんていないだろ! 付き合いだって一番古いんだし!」


「はぁ……だからお前はダメなんだ」


 シドがため息を吐くのに合わせて、他の社員も揃ってため息をつく。


 なんて落胆のされ方だ。今の答えってそんなに酷いか⁉


「けどな、スパナ……この間は殴って悪かった。その謝罪をここでさせてくれ」


「えっ、ちょ……」


 シドがいきなり俺に頭を下げてきやがった。正直、もうわけがわからない。二〇点の答えしか出せなかった俺に、なんでコイツは謝るんだ。


 俺の頭にはクエスチョンマークが浮いたままだってのに、今度はケインが掌を打つ。

「さぁて、過去の因縁もしっかり解消されたわけだ」


 すると他の社員一同が立ち上がり、俺を逃さないようぐるりと囲んだ。


 全員がニヤニヤと笑っているが、強面大集合なので圧も半端ではない。それになんだか、とても嫌な予感がするぞ。


「あ、あの……お客様、自分は食器洗いのお仕事がありましてぇ……」


「酔っ払った客の相手をするのも立派は仕事だろ。今夜は精々、俺たち酔っ払いに素面のままで付き合って貰うぜ!」


 おれの記憶の中から、遠い過去の日に自宅で行われたホームパーティの記憶が掘り起こされた。


 確か、親父とお袋が初めて出会った日記念日とか、そういうバカみたいな理由で開かれたパーティだと思う。


 そのパーティには親父の古い仲間たちも参加して大層盛り上がった。にぎやかな雰囲気に俺も途中までは楽しんでいたと思う。


 ただ、それも参加者に酒が回るまで。酒が回った参加者達は俺に目をつけて揉みくちゃにしたのだ。正直、ウザ絡みが酷すぎてダメだった。


 普段クールな魔法司書のお姉さんがデロンデロンに酔って、ゲラゲラ下ネタを吐き散らかすのも辛かったし、「堅牢の城壁」なんて二つ名のゴツいオッサンが泣き上戸になった時は収集がつかなかった。


 つまり、俺にとって酔っ払いの相手をするということは、思い出したくもない過去のトラウマなのだ。


「こ、困りますよ……お客様」


「あぁん、お前らは俺らと酒が飲めねぇのか?」


 飲めねぇよ、俺は魔導人形(ドール)なんだし。


「おらぁ! 者ども、スパナを簀巻きにして生捕にしろぉ!!」


「つ、付き合ってられるかぁ!!」


 俺は必死に酔っ払い共に抵抗する。しかし、俺のどんな抵抗も虚しく、酔っ払い共に押し倒された。

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