EP26【フレデリカはハイスペック】


 さて、ネジの言葉の続きを聞くためにも借金を返さないといけない訳だが、俺はここ数週間の間、俺は彼女と顔を合わせていない。


 理由は単純明快。あの時、言葉に出したことが恥ずかしすぎて、彼女と目を合わせられないからである。


 何が「少しだけ好きだ」だよ! 


 なんで、あそこだけ、喉潰れてねぇんだよ、畜生! 


「あーーーー! 思い出しただけで、本当に無理ッ! なーにが『少しだけ好き』、だぁ? あんなバカ魔女、大嫌いだっつーの! 大体、俺の好みはフレデリカみたいな大人しそうな子であって、あんなガサツな暴力バカ、誰が! だぁれがぁ!!」


 えーと……ごほん、落ち着こうじゃないか。


 冷静さを欠いてしまっていたが、とにかく、そんなわけで俺はどうにも彼女と顔を合わせ辛いのである。


 普段ならネジの会社でも寝泊まりもさせてもらっているのだが、今は適当な宿を借りて暖を取っている。


 魔導人形(ドール)が主人もなしに部屋を借りるのは水分と不思議がられたが、そこは多めの金を握らせることで切り抜けた。なんだかんだ言いつつも、結局世の中は金なのだ。


 仕事探しだって、最近はネジの仲介なしに面接を受けるようになった。


 宿屋の時と同様に〈ドール〉が一人で面接に来るのも奇妙な話だ。〈ドール〉ってのは普通、個人の所有物で身の回りの世話をするか、どっかの職場に派遣されるかのどっちかだからな。


 けど、そこは天下のスパナ様クオリティ。職務人形(ワーカードール)としてもすこぶる優秀で人件費も安い俺様は、安い労働力を求める企業のニーズと一致した。


「最初の頃は怪しまれてばっかりだったけど、最近は『働き者のヘンテコドール』なんて噂されるようにもなったしな。順風満帆。チョロいもんよ」


 そんな訳で今日のバイトは宅配業である。


 背負いの宅配カバンを確認すれば、縮小魔法(コンパクト・マジック)によってサイコロサイズに縮小されお客様への荷物が大量に収められていた。


「よし、やるか!」


 宅配業は〈コンパクト・マジック〉や転送魔法(テレポート・マジック)の普及によって負担もかなり減ったと思われがちだが、実際はそうでもない。この二つは魔力消費が激しすぎるのだ。


 加えて、〈コンパクト・マジック〉をかけた荷物はお渡しする前にも、魔力を流し込むことで収縮した状態を解除しなければならなかった。


 ちょっとここで分かりやすい指標を出しておこうか。〈コンパクト・マジック〉を解除するのに必要な魔力は、魔力砲を一発撃つのに相当するくらいで……なんだ? これじゃあわかりづらいって。


 だったら宅配業者が一日に〈コンパクト・マジック〉を解除する数を参考に考えよう。新人配達員が一〇回から一五回程度。ベテランになれば二〇から二五回程度は解除できる。


 そしてで、俺はというと────


「ざっと五〇回は軽いな! あっははは!」


 魔力を流すだけど解除できるのならセンスも、誤爆の心配もなし。有り余る魔力を宿す俺とはすこぶる相性がいい仕事なのである。


 魔導エンジニアみたいに細々としたものを弄るのも楽しいが、宅配業として、街を歩くのも悪くない。お客様の中には態度の悪い奴がいて頭にくることもあるが、それ以上に感謝の言葉を掛けてくれる人が多いからな♪。


 俺は多分、柄にもなく仕事を楽しんでいるのだろう。


 気付けばギャンブルだってやめていた程だ。あの快感を忘れたわけではないが、こっちの達成感もそこそこ悪くないのだ。


「魔法解除(リリース)っと!」


 俺は元の大きさに戻した木箱を抱えて、ドアをノックする。中身は大量の葡萄酒、それに木製のエールジョッキだ。


 このあたりで、大量の葡萄酒を扱う店といえばここしかない。


「はーい。あっ、スパナ様!」


 関節の継ぎ目、首には番号とアルファベットが刻印された少女が俺を出迎えた。


 そう。ここはフレデリカがウェイトレスを務める、俺行きつけの酒場だ。


「よっ! 開店前からご苦労さん」


「わざわざありがとうございます。けどスパナ様、最近姿を見ないと思ったら、宅配業を始めたんですか?」


「ま、まぁ……いろいろあってな。よれより、印鑑とサインを頼むぜ」


 俺が差し出した伝票にフレデリカが可愛いらしい丸文字でサインを書いてくれた。


〈ワーカードール〉はキッチリした行書体の文字を書くのが普通なのに、やっぱり高級な彼女は物が違うな。


「どうしましたか?」


「いや、丸文字が可愛いなって思って」


「ふふ、褒めてもツケは減りませんよ」


 うっぐ……痛いところを突かれてしまった。


 俺の周りの女性は、俺の突かれると点を知り尽くしたヤツが多すぎる。というか、ネジにだけ借金していると思ってたけど、友人に借りた金や行きつけの店のツケも合わせれば、俺の謝金の総額はもっと膨らむんじゃないか⁉


「あ……あのさ、フレデリカ。……この店に金利はないよな?」


「え、あ……ないですよ。ここは飲食店ですし」


 セーフ! 金利を膨らむ恐怖はもう十分に味わったのだ。


 もう裏闘技場にも行きたくないし、ネクロ・ドラゴンの討伐だって勘弁だ。気づけば俺は借金をすること自体が完全ななトラウマになってるのだろう。


「えーと、幾らだっけ?」


「はて?」


「ツケだよ! ツケ! 今返すから!」


 フレデリカにも目を丸くされてしまった。どうやら、俺がツケを払うと言い出したことに驚かれたことがよほど信じられなかったらしい。


 終わったとはいえ、初恋の人にそんな風に思われてるのは地味にショックだ。


「えっと……五〇〇〇ペルになります」


「……ほらよ……その、これまで悪かった」


 半ば押し付けるような形で俺は札をフレデリカに手渡した。


 他の借金もさっさと全部返さないとな。踏み倒してやろうなんて考えてた時期もあったが、ネジとの約束は借金を返すことだ。


 別にアイツ以外の借金を返し切る必要もないが、俺の中でそれじゃあ納得できない。ネジの言葉の続きを聞くのは、本当に全ての借金……つまりは親父達から盗んでしまったお金とか、そういうのも全部ひっくるめて返済を終えてからだ。


「ありがとうございます。失礼かもしれませんが、スパナ様、何か変わりましたか?」


 自覚ならある。


 ここ、数ヶ月で俺の心境もそれなりに変化してる。なんというか、ネジと過ごしているせいだろうな。


 それに、アイツにずっと聞きたかったことを聞けたのも大きい。


 結局、彼女が俺を許そうが許すまいが、結果として彼女は救われてない。だから俺はこれからもあの日のことを後悔し続けるだろう。


 ただ───


「ただ、なんつーか前を向けた。そんだけだよ」


 俺はこのまま、少しずつでも前に進んでみたいんだ。


「……ところで、スパナ様、一つお尋ねしてよろしいですか?」


「ん?」


「その関節の継ぎ目と首の刻印は、どうされたのですか?」


 俺は正直、その質問に驚かされた。彼女は俺が人間から〈ドール〉に変わったことを理解できているのだから。


 前にも言ったことがあると思うが、普通の〈ドール〉には予め数多の返答パターンが設定されており、それに応じた対応を行う。だから、あらかじめ想定されないような状況に、彼女の作り物の脳は対応できないはずなのだ。


「えっと、わかるの?」


 常連の客が〈ドール〉になってしまうだなんてイレギュラー、まず起こるはずがない。


「わかります」


「俺が魔導人形になっちゃったって」


「えぇ。私を甘く見ないでください」


 彼女は得意げに胸を張ってみせた。


 これも、さすがは高級〈ドール〉案件か。やはりフレデリカは、そんじゃそこらの〈ドール〉とは完成度が違うみたいだ。


 接客を主な業務にする〈ドール〉には、客の髪型やメイク、身につけているアクセサリーなどの些細な変化を見逃さず、お世辞を言える機能が付いているらしいが、彼女の機能もその延長にあるのだろうか?


 俺は高級品の彼女に、技術的な興味が湧いた。


「いつか機会があったら、フレデリカの部品とか、そういうのも教えてくれよ!」


 彼女に使われてるパーツが俺でも手に入るものならば、この身体の性能を高められるし、クルスくんの工房に行った時の話題にもなるからな。


 マニアックな話になるが、高性能情報処理メモリのCB六〇、もしくは魔導式伝達回路のv六・三〇〇なんて使われているんじゃないか? 


「えっ、ちょ、ちょっと! いきなりなんです⁉」


「なぁ、頼むよ! フレデリカの中身が知りたいんだ!」


「そ、そんなのはダメです! エッチです!! 女性の〈ドール〉の中身を聞くなんてエッチです!」


 フレデリカの反応はまたも予想外だった。顔を真っ赤にして怒ってる。


 普段から客にセクハラまがいのアプローチを受けても、笑顔で許してる彼女が、こんな風に怒るのは意外だったし、なんだか凄く罪悪感が芽生えた。


「良いですか! 女性の〈ドール〉に部品を聞くのは、下着の色を聞いてるのと同じなんです」


「そ、そうなの……」


「そうなんです!」


 だとしたら俺、最低じゃん。いきなり下着の色を聞いてるくる不審者じゃん。


 俺たちの間に気まずい空気が、どんよりと流れてしまう。どうしよう。謝るにも、なんて謝れば……。


 しかし、そんな雰囲気は一気に塗り替えられる。


「すいません。失礼しますね、スパナ様!」


「えっ。ちょっ⁉ なに⁉」


 フレデリカはいきなり頭に紙袋を被せてきた。かと思えば思いっきり、店の奥へと蹴り込まれたのだ。


「なっ、なに! 暴力反対!」


「しっー! そこのカウンターに隠れていてください!」


 わけがわからない。


 フレデリカが俺を隠したということは、誰かが俺を探しているのか けど、俺を追いかける物好きなんて、ネジくらいのだし……。


「そろーり……っと」


 興味が湧いた俺は被せられた紙袋に指で穴を開けて、こっそりと蹴り込まれたカウンターの影から頭を出す。

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