EP25【どうせ、声にもならないのだから】
「ケインと何があったの? 彼はこれまで嘘をついたことがなくて、優しくて、いつも私を一番に優先してくれる本当に良い部下なの。そんな彼が私に嘘をついたんだから、相応の理由があると思うんだけど」
ネジの空気がいつもと違う。苛立ちが交じり、言葉の端々に俺を責めるようなフレーズが含まれている。
「別に何も……」
「貴方まで私に嘘を吐くの?」
言葉ひとつひとつが重い。あんなことを思い出した後だから当然だ。
俺は彼女から目を逸らしてしまった。この場に及んで、まだ逃げようとしてるのだ。
「ねぇ、スパナ。正直に言って」
ネジが俺に詰め寄る。
そうだ……言うんだよ。
ネジは俺のことどう思ってるんだ?
恨んでるくせに、なんで俺の側にいるんだ?
俺はお前を救えなかったのに、お前はなんで俺を救おうとするんだ?
言うのはそれだけだ。難しいことを言うわけでも、長い言葉を紡ぐわけでもない。
「……スパナ……どうしたの?」
「ギぃ……」
だが、俺の喉から漏れたのは、そんな部品同士が噛み合うような音だった。
「ちょっと、スパナ! アンタ、喉!!」
こぽり……と共に俺の口から何かが溢れる。俺の口からは血の代わりに、身体の中を流れる魔力が液状化して溢れてきた。魔導人形(〈ドール〉)の身体が俺の言葉を拒絶したのだ。
きっと潜在意識で言葉を紡ぐことに恐怖を抱いているのだろう。言いたいと思う表面と、逃げ続けていたいという裏面がぶつかり合い、それが発声のエラーとして現れたのだ。
はは……つくづく俺は……。この身体で少しは変われたと思ったのに、このザマか。
「ギギッッ……ギギィ」
「やめなさい!」
バチンッッ!! と。尚も喋ろうとする俺に平手が打ちつけた。
「……喋るな。そんな喉で絶対喋るな! 喋れなくなったらどうすんの!!」
彼女は俺の憐れな様が見ていられなかったのだろう。
暴力に訴えかける点は体外だが、相変わらずのお人好しだ。俺は〈ドール〉なんだから、喉が潰れで喋れなくなろうと、内側の部品を取り替えればいいだけの話だろうに。
「今回は別にいいから……ね? ……少し休もう」
「優しく……しないで……くれ。ゲッホ!! うっ……ゲッ!!」
喉が使えなくたって、彼女と対話する方法は山とあるだろ。
ペンを持って紙に書け。それで腕がエラーを起こすというのなら、目で彼女に問いかけるんだ。
とにかく、彼女から逃げるな。スパナ・ヘッドバーン。
「ネッ……ネジは! 俺の……こと……恨んでるだろ!」
やっとのことで言葉が紡げた。たった一言だってのに、どれだけ時間が掛かっているのやら。
ネジは俺の吐き出した言葉を受け止めてくれる。
「はぁ……はぁ……」
音声スピーカーから漏れたノイズとオイルが混ざった薄汚い俺の言葉を受け止めた彼女は、まず俺の口をハンカチで拭いてくれた。
「なるほどね。ケインと揉めてたのは、私のことだったのね」
「……それで、どうなんだよ?」
「そんなの、恨んでるに決まってるじゃん」
ネジは俺が必死に出した言葉に、あっさりと答えた。
やっぱりだ。わかりきってたことに結論が出ただけだ。
「私はアンタをちゃんと恨んでるわよ。けどね……それ以上に」
それ以上に?
それ以上に、なんだっていうんだよ?
「ふふ。聞きたいって顔してるわね。けど、残念! 教えてあーげない」
ネジは「べぇっ」と舌先を突き出す。
「というか、私にあんだけ心配させといて、言いたかったことはそれ?」
それは、さっきまでとは違う苛立ち方だ。なんというか、プリプリ怒っているような。
しかし、それもほんの数秒前のこと。ネジの顔がいつも通りになる。
いつも通りのネジ。ニヤリと笑い悪巧みをする彼女は本当にどこまでもいつも通りだった。
「ねぇ……そんなに私の言葉の先が聞きたい?」
俺は潰れた声の代わりに頷いて答えた。するとネジはやっぱり悪戯っぽく笑った。
「良いわよ。教えてあげる……けど今じゃないわ。貴方が私に借金を返せた時、その時が答え合わせよ!」
コイツは……仮に喉が潰れていなかったとしても、俺は呆れて言葉が返せなかったはずだ。
「私は誰より狡猾な闇金魔女よ。使えるカードは全部使うわ」
そうまでして、俺から借金を取り立てたいとは。というか、カードなんて表現は、ギャンブラーの俺にこそ似合うもんだろう。に
「とにかく、スパナ。私の言葉を聞きたいなら働きなさい。色んなところでとにかく働いて、貴方が変わることね」
わかったよ、ネジ……お前が俺にそれを課すなら、俺はその為に尽くそう。
だが、俺は天下のスパナ・ヘッドバーン様だ。気に入らないことからずっと逃げ続けてきた男だぞ。だからこそ、気に入らないものは突っ返す!
「フン!」
「なっ、何よ?」
「フン!」
「それ……私がさっきあげた一万⁉」
そう。今日のネジの付き添いと、子供達の面倒を見たお駄賃として貰った一万ペルだ。
俺はこれを絶対に受け取れない。
ここはネジが運営するクレイドル孤児院だ。だったら、そんなところに日取り一万目当てに子供と遊ぶ大人がいちゃいけないだろ?
俺はここの子供達が好きだから。ネジのやり方がすこしおかしくても、その思いが本物だって思ったから、今日一日をここで過ごした。だからこそ、この一万ペルは受け取れない。
「……ったく、らしくないわね。金の亡者のくせして」
うるせぇ。本当は喉から手が出るくらい欲しいっつーの。
「まぁ、でもアンタも変わってるのね……そうだ、近いうちに貴方に人間の身体を返してあげる。あくまで、一時的だけど、皆で酒屋に行ってぱっーと葡萄ジュースを飲むの! 脂っぽいものをいっぱい頼んで、アンタの些細な成長を祝ってあげる」
やっぱりネジは強くて、まっすぐな少女だ。
いつもの俺ならば「ネジ・アルナート大嫌いだ」って言って、何事にも区切りをつけるが、今日くらいは少し自分にも素直になろう。
どうせ声にも出ないんだからな。
「…………ネジ、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ好きだ」
「大丈夫。知ってるから」
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