EP24【彼女への懺悔】

「俺はまだガキだったから、自分の力で何だってできると思ってたんだ。けど違った……結局ネジは救われていなかった。ネジが闇金なんかになったのも俺がアイツを救ってやれなかったからなんだ」


 俺は別にケインと友達でも何でもない。だから、長々とこんな話をする必要もないのだ。


 じゃあ、どうしてこんな話を披露したのか? ……そうだな、強いて言うのなら、この告白は懺悔なんだ。


「ははっ」


 口元から漏れるのは乾いた笑いだ。ただ俺が自分の中に抱えているものを吐き出して、楽になろうとしているだけの卑しい告白さ。


「後から親父たちに言われたことがあってな……『誰かを救う事には責任がある。責任を背負えるくらい人は強くならなくちゃいけない』って、その言葉が刺さって今も抜けそうにないんだよ」


 もしも、俺の立場に立つのが親父やお袋だったなら、結果もきっと変わっていたはずだ。


 あの二人なら慢心せずに、救いを求めた人間に優しく手を差し伸べる。


 ネジのことだって、あの二人なら確実に救えたはずだ。そうすれば彼女も人生を踏み外さず、幸せに生きることが出来たはずなんだ。


「俺が余計なことをしたせいでネジは幸せになれてない。俺はアイツに償わなくちゃいけないのに、……それなのに、ずっと逃げてきて……それなのに、アイツは恨言のひとつも吐きやしねぇ!」


 ネジは俺なんかより、よほど強かったんだ。親の虐待にも一人で耐えて、アイツはアイツなりに自分の目の前の敵と戦ってやがった。


 そんなことも考えず、安易で幼稚な正義感に突き動かされた自分が心底嫌になる。今だってアイツといると自分の弱いところばかりが見えてしまう。


 だからだ。だから、俺はネジ・アルナートが嫌いなのだ。


「ネジなんて大嫌いだ!! アイツが強いせいで、俺がどれだけ弱いか、どれだけバカで、どれだけ余計なことをしたか思い知らされるんだよッ!」


 俺は喘ぐように言葉を吐き出す。


 俺の中から湧き出る汚いものを吐き出さなきゃ、気が狂いそうなんだ。


「なぁ……教えてくれよ、ケイン! 俺はどうやってネジに償えば良い? 強くてまっすぐなアイツに俺はどうやって謝れば良い? アイツの幸せになる可能性を奪った俺はどう裁かれれば良い!」


「そうだな、俺から言えることがあるとすれば」


 柄にもなく感情的になってしまった俺に対し、ケインのおっさんは淡々と続けた。


「スパナ……お前は傲慢すぎるんだよ。お前が行動した結果、社長は確かに苦しい思いをしたのかもしれない。だが、お前が行動したからこそ彼女は生き地獄から解放されたのも事実だ。それは十分救われたといえるんじゃないか」


「ネジは救われてねぇよッ! ここ最近でアイツが優しくて、お人好しな奴だってことは十分に分かった……だから、本当なら俺みたいなクズと関わらない、もっと暖かい世界で幸せにならなきゃいけないんだよッ!」


「それこそ、お前が決めるなよ。あの頃の彼女が救われたかも、今の彼女が幸せどうかを決めるのも、彼女自身だ」


 そんなのは詭弁にしか聞こえなかった。だが、ケインは尚も続ける。


「大体、そんな風にお前が悩むのが筋違いなんだよ……自分を責め過ぎるな。そこまで悩むなら、もういっそのこと社長本人に聞いちまえばいい」


 それは心底俺に呆れて、俺を諭すような口調にも聞こえた。


 ケインがサッと厨房の向こうを指す。そこには、俺の大嫌いなネジが腕を組み、立ちすくんでいた。


「何やってるの、二人とも……」


 どうやら、彼女はついさっき来たのだろう。


 俺の吐き散らかした本音を聞かれていないのは不幸中の幸いか……それともいっそ聞かれていた方が楽になれたのか……


「すいません、社長……料理の味付けで揉めちゃって」


「嘘。スパナがそんなことで、こんな顔をぐしゃぐしゃにして泣くと思う?」


 俺はネジに言われて自分の顔が酷いことになってるのに気付いた。


 泣いてるのにも気づけないくらい、俺は懺悔に夢中になっていたのだろう。


「事実です」


「嘘」


「事実です」


 ケインは断じて、認めようとしなかった。


 事の次第は、俺自身が彼女に語れということか。


「もう、ソイツとは話になりません。社長、お手数掛けますが、ソイツを厨房から摘み出して下さい」


「……わかったわ。今はそういうことにしてあげるから。……ほら、来なさいスパナ」


 彼女は強引に俺を立たせて、厨房から引き摺り出した。


 そして孤児院の裏手に二人っきり。俺は彼女の胸の内と向き合わなくてはならないらしい。

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