EP23【回顧】

 まず前提として。現実はいつだって上手くいかないように出来ている────


 ネジと俺は幼馴染だけど、特別な仲って訳じゃない。ただ、家が近所でアイツが俺の後ろをついて回ってきただけの関係だ。


 精々が知り合い以上友達未満の関係だったと思う。ただ、当時のネジは今ほど暴力的でもなければ明るかったわけでもない。酷く内気で子供らしくないと思えるほど大人しい。皮肉だが「仄暗い」って言葉がよく似合う少女だった。

 

 きっと、それはネジがずっと周囲に何かを隠しごとをしていたからだろう。今、思えば、当時のネジも〝おかしな方向〟に強い少女だったのだから。


 俺がネジの隠しごとに気付いたのは、ほんの些細なやりとりからだ。玉のような汗が額に浮かぶ、暑い夏の日。


 それなのに、アイツはいつも厚着で暑苦しそうな長袖を羽織っていたから、俺は薄着になればいいと勧めてみた。


 するとアイツは嫌だと言った。


 当時の俺はガキで、わざわざ気を遣ってやってるのに、それを邪険にされたのが頭にきた。だから、冗談混じりに恥ずかしいのかと詰め寄ってしまったんだ。


 すると彼女は袖を半分ほど捲り上げ、俺に見せた。


「これで分かってよ」


 ネジはそれだけ言うと、踵を返して俺の前から走り去ってしまった。


 彼女の腕にはあったのは火傷の痕だ。俺の知る限り、ここ最近の魔法の授業でも、火傷をするような実習は一つもなかった。


 その火傷の痕はやけに小さかった。まるでタバコを押し付けたような、或いは小さな火で炙ったようなそんな傷だった。


 俺は直感した。「ネジは家族に意地悪をされてるんじゃないか」と。


 ならば、幼稚な俺の出す答えも一つだった────ネジを助けなきゃ、俺は英雄の息子なんだから。


「だから……俺は間違ったんだ」


 ネジの家の前を通ると、ちょうど中から皿を叩きつけたような音が聞こえてきた。


 だから、俺はドアを魔法で破ることにした。ネジを救いたいという正義感と、自分の義務感に駆られて、俺はアイツの家の中に飛び込んだんだ。


 そしてバカな俺は


「ネジ! 天下のスパナ様が助けに来てやったぜ!」


 なんて、ほざいてみせる。


 そうだ、俺は天下のスパナ様なんだ。だから、ネジをいじめる悪い家族から彼女を助けるのも簡単だと、当時の俺は本気で信じていた。


「スパナ……来ちゃダメ! 放っておいて!」


 案の定、俺はネジに拒絶される。そして、何故拒絶されたか分からないままフリーズした腕を誰かにつかまれた。


 ネジを虐待していたクソ親父だ。


「見ちゃったからには、君を帰すことはできないね。スパナくん」


 そう微笑みながら、アイツはネジにやったことを俺にもした。タバコの火を押し付けられ、肌を焼かれた。


 首を絞められ、殴られ、には水を張った桶の中に頭を突っ込まれた。


 アイツの親父はどこかイカれてやがったんだ。人としての何かぎ壊れていている。俺を痛ぶったのも、ネジを傷つけたのも所詮は自己満。ただ、やりたかったから、やった結果なのだろう。


 俺が人の恐さを知って、自分のバカさを理解できたのも、この時だったと思う。


 その間、ネジのクソ親父は嗤っていて、俺は何も出来なかった。


 ◇◇◇


 次に目が覚めた俺は病院の固いベットだった。


 火傷の跡もあったし、肋骨も数本折れていて、包帯まみれの酷い状態だ。親バカなお袋がワンワン泣いていて、親父は見たこともないような険しい顔で項垂れていた。


 なかなか帰ってこない俺を探しに出た二人が現場に直面、通報した結果が今らしい。


「ネジは!」


 俺にとっての第一優先はそれだった。


 俺はまだ立つなと言われた身体で院内のネジを探した。その時、病院の廊下がやけに長くて、天井も高いように感じた。


 いや、単に俺がちっぽけなことを自覚できた結果だろう。結局、いくら駆けずり回ってもアイツを見つけることが出来なかったんだ。


 お袋が俺に諭すように「ネジちゃんは引っ越したんだよ」と教えてくれた。


 その後もネジのことは度々、噂程度で話を聞いた。里親に出された先で従者のようなことをやらされているとか、転入した学校で虐められているとか、聞いていてネジが救われたと思えるような内容でなかったのは共通している。


 後味の悪過ぎる決着だ。


 今にして思えば、ネジの引っ越し先を探すこともできたと思う。そこで一言「ごめん」と伝えることが出来たなら、妙なトラウマを背負うこともなかったはずだ。


 けど、俺は怖気づいちまったんだ。アイツが向こうで笑ってなくて、「アンタのせいだ」と、また拒絶されるのがたまらなく怖かった。


 ははっ、笑えるだろ?


 だから、俺は今日まで聞こえてくる噂に耳を塞いで、救えなかった「ネジ・アルナート」という少女からずっと目を逸らし続けてきたんだ。

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