EP27【一番合いたくないやつ】

「いらっしゃいませ、お客様……当店はまだ準備時間でして……」


「硬いこと言うなよ。つか、魔導人形(ドール)なんだから、人間様の言うことに逆らうな」


「ですが……」


「フリッカちゃんなら俺の言うことを聞いてくれるよな?」


 ソイツはこの辺りでは見ないような客だった。けど、ムカつく野郎だ。


 酒屋はまだ開店前だって言ってるのに、強引にテーブルを陣取ってやがる。しかも、フレデリカが業務人形(ワーカー・ドール)なのを良いことに、彼女を脅すような態度をとりやがって。


 新参のくせに、なーにが、フリッカちゃんだぁ? 


 俺たちのフレデリカに変なあだ名を付けるな! 敬意を持って彼女には、まずは「さん」つけやがれ!


「エールとポテトフライ、あとはミートパスタを貰おうか」


「畏まりました」


「ほら、お前らも来いよ」


 ソイツに釣られて、ゾロゾロと連れが入ってくる。どいつもこいつも刺青にジャジャラとしたアクセサリーと派手な色に染めた髪。一目でロクでなしの集いだってことが分かった。


 けど、解せない。アイツらが来たからって、なんで俺が隠れなきゃならないんだ?


「……なぁ、フレデリカ。アイツらは?」


 俺は声を潜めて、ジャガイモの皮むきを始めた彼女に訪ねる。


「えっ、スパナ様もご存知ないんですか?」


「えっ、知らないけど……」


 知らないものは知らない。


 柄の悪い奴らともそれなりに面識はあるが、あそこまで絵に描いたような俗物はなかなか見られないしな。


「本当にですか? あのお客様達はいつも愚痴ってましたよ、S200・FDのせいで大損したって……ちょうどスパナ様の首にある番号と同じですよね」


「ん……?」


 俺は記憶を漁る。スパナ・ヘッドバーンのせいじゃなくて、〈ドール〉としての俺のせいで大損した人間……あっ! アイツか!


「バベル闘技場のグレゴリー!」


 俺達に負けて、チャンピオンの座から引き摺り下ろされたアイツなら大損して俺を恨んでいてもおかしくない! 


 そうだ、思い出した。チンピラたちの真ん中を陣取るデカイ奴。あの品のなさは間違いなく、バベル闘技場のグレゴリー・ブラッドだ!


「ちょっ、スパナ様!!」


「へ……」


 フレデリカが忠告するのは、少し遅かった。思い出した勢いで、俺は思わずカウンターから頭を出してしまったのだから。


 グレゴリーとその取り巻き達の視線が集まる。俺は咄嗟に身を潜めようとしたが、

襟首を掴まれて、悪漢達の真ん中へと引き摺り出されてしまった。。


「……なんだ、コイツは?」


「多分、宅配業者の〈ワーカードール〉っすね」


「じゃあ、なんで紙袋なんて被ってやがるんだ?」


 助かった。フレデリカが俺の顔を隠してくれたおかげだ。


 ここで俺がスパナ様、もといS200・FDとバレてしまえば、相当に面倒なことになる。


 憂さ晴らしの袋叩きにされた挙句に、バラバラに分解されて裏オークション出すくらいのことは平気でやってのける連中がコイツらだ。


 下手に反撃しても、返り討ちにあうのが関の山。ここは適当に誤魔化して、配達があることを理由に店から逃げてやる。


「あ、あの……実は頭から上のパーツがメンテ中で、中が見えてもアレですし、今はこの紙袋を被ってるんです。あはは……」


「ほう?」


「あっ! 僕は配達があるので、これで失礼しますね! あー忙しい! 忙しい!」


 俺は少し強引に、周りを振り切ってドアを目指した。


 だが、グレゴリーはそれを許さない。


「おい、待てよ……俺はそのムカつく声を忘れてねぇぞ」


「エー、ナンノコトデショウ」


 秘技・裏声である。なんとしても誤魔化せ。揉め事なんて絶対に嫌だ。


「俺はなァ、お前に負けてから、バベル闘技場を追い出されて、そのあとは散々だったぜ。警察には追い回されるし、これまで稼いできた金は俺を見逃してもらうための賄賂で全部、パァになっちまった」


「なっ……なんのことやら」


 つか、警察仕事しろよ!


 グレゴリーは懐からナイフを抜くと、俺の首筋へと押し当てる。いよいよ、洒落にならないことになってきた。


 グレゴリーは少なくとも、警察を買収できるくらいのコネを持ってる悪党だ。一応、俺はネジの〈ドール〉ということになっているが、グレゴリーなら人形泥棒だってやりかねない。


「なぁ、ところで。頭隠して尻隠さずとは言うが、首も隠したほうがいいんじゃねか?」


「スパナ様、逃げて!!」


 俺はフレデリカが叫ぶより早く、俺は小規模の暴発魔法(アウトバースト・マジック)を発動させた。舞い上がった粉塵の最中で、俺はグレゴリーの手を振り払う。


 完全に俺が間抜けだった。なんで、俺は剥き出しの首を隠さなかった? 


 俺の首には「S200・FD」って番号がそのまま書いてあるじゃねぇか!


「クソ! まだ配達があるっていうのに!!」


 俺は店から飛び出し、裏路地を抜け、大通りまでを駆け抜ける。


 人混みに紛れての逃亡作戦だ。ネジに追いかけられたい頃によく使った小狡い手だが、一番これが確実だってことは実感済みなんだよ。


「待てや、クソ魔導人形がぁぁぁ!!」


 後ろから怒り狂ったグレゴリー達が人混みを掻き分けながら走ってくる。足はネジより遅いが、数が多いのが厄介だ。物陰に潜んで、消えてくれるのを待つか……。


「あの野郎……ッッ!! 絶対逃さねぇ!!」


 グレゴリーの手元に小さな魔法陣が現れた。それに呼応するように俺の首にも魔法陣が現れる。


「標的魔法(マーキング・マジック)!」


 グレゴリーがそう唱えた途端に、俺の首の魔法陣が点滅し、騒音を鳴らし始めた。


 音と光で俺の居場所を知らせるの厄介な魔法だ。多分、首筋にナイフを当てられた時に仕込まれたのだろう。やっぱ元軍人だけあって、魔法を使うだけの賢さはある。


「最悪だ!」


 この光の点滅と、うるせぇアラームのせいで何処に逃げてもすぐに見つかってしまう。もう一度〈アウトバースト・マジック〉は使いたくても、威力が高すぎてダメだ。ここでぶっ放せば、道行く一般人も巻き込んでしまうのだ。


「追い詰めたぜ」


 俺はまたも、あっという間グレゴリー達に取り囲まれた。最近、大人しくしてたせいで、逃走のセンスも鈍ったみたいだ。


 観念して両手を挙げる。これは一度、捕まってから再度逃げるチャンスを伺う方が現実的かもしれない。……というか、それしか思い付かない。


「無駄な抵抗はしない! けど、荷物はここに置かせてくれ。傷一つでも付けたら、テメェら全員容赦しねぇぞ!!」


 お客様への荷物なんだ。傷を付けられるわけにはいかない……って俺はこのピンチに何を気にしてるんだよ、らしくもない。


 グレゴリー達が悪意を含んだ笑いと共に俺との距離を詰めてくる。


 いよいよ、運が尽きたか、と俺が諦めかけた瞬間だ。


「束縛魔法(チェーン・マジック)+黒魔法(ブラックスペル)!」


 地面を割って、何十本もの鎖がグレゴリー達に巻き付いた!


「おわっ⁉ なっ、なんだこれ!!」


「あ、慌てんな! 所詮は魔法で作った鎖だ! 叩き切れ!」


 必死に鎖を切ろうと、グレゴリー達は武器に魔力を込める。だが、鎖はビクともしなかった。


「ネジか?……いや、違うな」



 鎖を作り出し、相手を縛る〈チェーン・マジック〉は確かにネジの得意とする十八番だ。


 だが、作り出された鎖の本数が多すぎる。人間一人の魔力量でグレゴリー達全員を縛れるだけの鎖を作るのは不可能だ。


 それに、この鎖の色……何処までも暗い夜のような黒色だった。


〈ブラック・スペル〉。全てを無に返す力があると言われ、人間からも魔族からも恐れられている上位魔法の一つだ。


〈ブラック・スペル〉を操るにはかなりの魔力量と魔力の形をミリ単位で微調整できるだけのセンスが求められる。と、なればそんな技を使えるヤツだって限られるわけで。


「あら……大変。やりすぎちゃったかしら。けど、今日の私はラッキーだわ。〝スパちゃん〟もそう思うでしょ?」


「嘘だ……嘘だって言ってくれ」


〈ブラック・スペル〉を使える人物ですら限られているというのに、この俺、スパナ様のことを「スパちゃん」なんてふざけた理由で呼ぶヤツなんて、一人しかいない!


「ふふ、ちょっと見ない間に〈ドール〉になったのね。それに真面目に働いてて、お母さん、ちょっと感動しちゃった!」


 出たな、クソババァ!


 俺は踵を返して、逃走を試みる。正直、グレゴリー達よりもこの女に捕まりたくない!


「あら、何処行くの?」


 俺の足元にも真っ黒な魔法陣が現れる。


 これは脅しなのだ。少しでも動けば、魔法陣が反応し、今度は俺の全身を黒い鎖がグルグル巻きにされてしまう。


 笑顔でエゲつないことをしながらも、その自覚を持たない天然っぷり。俺のお袋、シロナ・ヘッドバーンは至って平常運転だった。

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