EP21【折り返しとクレイドル孤児院】(後編)

 そのまま俺はネジに連れられて、クレイドル孤児院へと足を運んだ。


 一体どんな魔境へいざなわれることかと思ったが、そこはごく普通でありきたりな児童養護施設だ。


「スパナオジサンも遊ぼう!」


「ははっ! いいか、クソガキども。俺はまだオジサンって歳じゃねぇ。だかた、お兄さんと」


「オジサンが鬼ね!」


 聞いちゃいない。


 一人のガキが俺にタッチすれば、ほかのガキども広々とした庭に散ってゆく。


「なぁ、ネジ……今の俺ってそんなに老けてるのか?」


「貴方のリアクションが面白いからよ。それより、鬼なんでしょ。追いかけてあげたら」


「っても、ガキの遊びなんて」


「文句言わないの。大人気ないわよ、スパナおじさん」


「こんにゃろめ……」


 まぁ、子供の遊びに付き合ってやるのも悪くないか。ただ、その前に一つイタズラを思いついた。


 ネジにタッチして一言。


「オバサンが鬼ね」


 ネジのリアクションだって面白いからな。俺は身を翻し、スタートダッシュを切った。


「ふーん……相変わらず、アンタはいい度胸をしてるわね」


 彼女の眉間にはガッツリ皴が入っていた。というか、なんか流星号をとりだして……


「加速魔法(〈アクセル・マジック〉)!」


 ヤバい、この女、ガチになりやがった! 


 安易なイタズラを後悔しても、もう遅い。ネジのタッチもとい、きつく握り込まれた鉄拳が俺の背中を捉えたのだ。


 流星号の加速も上乗せ最強の殺人ストレートパンチに俺は軽々と吹っ飛ばされてしまう。


「わぁ! ネジ姉ちゃんすごい!」


「カッコいい!!」


「もう一回やって!」


 子供たちの賞賛がネジを包んでいる。


「ふん! 乙女を舐めんな!」


 畜生、俺はなんて惨めなのだろうか。 仕方なく反省して普通に子供達と遊ぶことにしよう。


 こっちは疲れ知らずの魔導人形(ドール)なのだ。すぐに追いついて捕まえてやるよ。


 子供達の中で一番足の遅そうな、少女をロックオン。地面を蹴って一気に距離を詰めてやる。


「悪く思うなよ、嬢ちゃん!」


 残念ながら、俺の辞書に「手加減」とかいう、生ぬるい文字は存在しないのだ。


「来なさい、ロリコン!」


 だが、少女も勇敢だった。逃げる素振りを見せずに俺の前に立ちはだかる。


 ふん……上等だ。天下のスパナ様を舐めるなよ!


「糸魔法(ワイヤー・マジック)!」


「は⁉」


 少女が魔法を発動した。俺の足元には一対の小さな魔方陣が現れ、そこから俺のピンと貼った糸が伸びる。


 そうなれば当然足を引っ掛けて転ぶわけで。派手に頭から地面に突っ込んだ!


「今よ、みんな! ロリコンを撃退しなさい!」


 倒れた俺の隙だらけの背中に他の子供たちが乗ってきて、踏んだり蹴ったりしてくる。


「あっぐ! うぉっ!!」


 痛くはない。……だけど、こんなに大勢の子供に踏まれるのは心が痛い!


「ははっ……子供は元気なことに越したこっちゃねぇとはいうけどさ。調子こくなよ、クソガキがぁ!」


 ここまでされれば意地になる。子供の遊びだろうと手加減はいらねぇ。全員捕まえて、庭の木に吊るしてやる!

 

 ◇◇◇


 なんて意気込んでいたのも数時間前のこと。そのあとも、鬼ごっこに隠れんぼと、日が暮れるまで子供達の遊びに付き合わされた。


 最近の子供たちは本当に元気だ。一日中走り回って遊んでいるのに、疲れもしないし、威力は低くても遊びの中で魔法を織り交ぜてくる。


 正直、相手をしてる俺の方が精神的に疲れた。


「なんつーか、俺もこんな時期があったのかなぁ」


 子供たちの笑顔はキラキラとしていて眩しかった。


 孤児院なのだから、ここの子供たちはあまり境遇に恵まれなかったのだろうが、そんな過去を微塵も感じさせないのだ。


「なーに浸ってるの? アンタの幼稚さだって似たようなもんよ」


「ほっとけよ。どんな感想を抱くも俺の自由だろ」


「あっそう。けど、お疲れさま」


 ネジは俺にタオルを貸してくれた。俺はそれで汚れたボディを軽く拭き取る。


「にしても……アイツらは魔法が上手いな。俺が小級学校にいた頃より上手い」


 魔力量に頼って魔法を使ってるんじゃなくて、ちゃんと形を意識して魔法を使ってる。それだけ教える奴の腕が良いんだろうな。


「私が皆の魔法の先生だもん」


「認めない。あんなに魔法が上手い子供達の先生が闇金魔女だなんて認めたくない」


「喧嘩を売ってるのかしら、ロリコンオジサン……ぷっぷ、天下のスパナ様ともあろう方がロリコンでオジサンなのね」


「それ気に入ってない?」


「まぁね。ちゃんと報酬は払うから、許してよ」


 ネジが俺に一万ペルを差し出した。今回の報酬には子供達の遊び相手の分も含まれていたのだろう。


「へっへ! まいどぉ」


 俺は受け取った一万ペルを大切に財布へと仕舞い込んだ。また借金返済に一歩近づいたのだ。


「身体は疲れ知らずでも、心は疲れるでしょ? 少しくらいなら、ゆっくり休すむことを許しあげるわ」 


「お前……何様だよ?」


「貴方の主様だけど?」


 ぐっ……それを言われればぐうの音も出ねぇ。


 しかし、なぜだろう。確かに俺は精神的に疲れてる。けど、今日ばかりはもう少し働いてもいいと思えたんだ。

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