EP29【親バカここに極まれり】

「なんで知ってんだよ?」


「ネジちゃんに聞いたわ」


「お前ら繋がってるのかよ……」


 ネジのコネの広さは以前から恐ろしいものがあったが、実の母とも繋がっていようとは。


 それにしても、話の方向が嫌な方向に向きかけてきたな。


 愚痴や説なら聞く覚悟もしてきが、お袋がこれから言い出しそうなことなんて、息子の俺が一番よくわかっている。


「私から、一つ提案が」


「悪い、お袋! 本当に仕事があるんだ。このまま話してたら、日が暮れちまうよ」


 だから俺を適当な理由をつけて、お袋から前から逃げようとした。


 だが、彼女もそれを許さない。

「時間魔法(タイム・マジック)+黒魔法(ブラック・スペル)」


 巨大な魔法陣がお袋の足元に展開される。それと同時に俺の視界が揺れたかと思えば、彼女の手元に黒い懐中時計が出現する。


〈タイム・マジック〉。時空間に干渉する、超高位の魔法だ。


「私たち二人以外の時を止めたわ。これならいくらでもお話しできるでしょ」


「ふざけんな! ただ息子と話すだけなのに、そんな大層な魔法使うよ!」


〈タイム・マジック〉は元々未完成の状態で魔法禁断録に綴られていたものを彼女が完成させた大魔法でもある。ただ、だからと言って、そんなものをポンポン発動しないで貰いたい!


「だって、そうしないとスパちゃん逃げるもん!」


 しかも、お袋は手元の時計を〈ブラック・スペル〉で作りやがった。


〈タイム・マジック〉を解除するには、制御装置を担う時計を破壊するしか手段がないというのに、彼女はそれをあらゆる衝撃を吸収する〈ブラック・スペル〉で造形してくれたのだ。


 こうなれば、彼女の意思でしか〈タイム・マジック〉は解除されない。


「天然でやってるなら……相当エグいぜ、お袋」


「流石にこれは確信犯よ。さて、スパちゃん、お話ししましょう」


「断る!」と言いたいが、俺じゃお袋と喧嘩したって勝てるわけもない。こんなのでも俺のお袋は世界を救った英雄の一人にして、魔族の元姫君なのだ。


 仕方なく、その提案とやらを聞くことにする。


「借金のこと……私ショックだったわ。お金を借りるのは仕方ないと思うけど、一年間も逃げ回って、挙句にネジちゃんに迷惑かけて、我が息子は恥を知らないのかと思ったわ」


「だから、反省して今働いてるだろうが!」


「そうね。スパちゃんはちゃんと反省してるみたい。最近ご近所でも噂になってるのよ、働き者の高性能な〈ドール〉が色んな職場で大活躍してるって」


 確かに、最近は色んな仕事を飛び回ってたから噂になること自体は不自然じゃない。ただ、それがお袋の耳にまで届いていようとは。井戸端会議おそるべし。


「私ね。その噂を聞いて凄く嬉しかったし、頑張るスパちゃんを応援したいと思ったの」


「それで……お袋の提案ってのは結局何なんだよ?」


 ものすごく嫌な予感がする。


「私からの提案はシンプルよ。スパちゃんはもう十分頑張ったんだから、貴方の残りの借金を全部お母さんが肩代わりしてあげようか? ってだけ。私だって、それなりのへそくりはあるわけだし」


 案の定、俺の嫌な予感は的中していた。


 お袋はこういう所で本当に俺に甘い。俺は昔、実家から金を盗んだこともあるクズな息子だってのに、彼女はそれでも俺を溺愛して、心配していることも窺えた。


「仕事ばっかりじゃ疲れるでしょ。お金はそんなに焦って稼ぐものでもないと思うの」


「〈ドール〉は疲れない。それに焦ってもいない」


「心は疲れるでしょ。それにスパちゃんだって、早く人間の体に戻りたいんじゃないの?」


「ネジとの因縁には俺自身でケリをつけたいんだ」


「ネジちゃんは優しくて、本当にいい子よ。だから因縁とか、そういうのをスパちゃんに対して思ってないと思うの」


 お袋はどうしても俺の借金を立て替えたいようだ。こうなったお袋はテコでも動かない。


「……」


 多分、少し前の俺なら喜んでお袋達に借金を立て替えてもらったと思う。


 それで、後から有耶無耶にして、借金のことをなかったことにしながら、彼女の脛をしゃぶっていたんだろう。


 俺はそういうクズだ。自分の最低っぷりは誰よりも自覚できている。


 だが、今の俺は少し違うんだよ、お袋。


「……いらねぇ」


「ん?」


「だからいらねぇって言ってるんだよ、立て替えなんて。俺が逃げ回った挙句に俺が膨らませた借金だ」


 俺はネジの言葉の続きを聞きたい。そのためにも借金を自分で返すって覚悟して、黙々と頑張ってるんだ。それを阻む権利は誰にもないはずだ。


「スパちゃん、あまり親に心配かけるものじゃないわよ」


「お袋こそあんま子供を甘やかすな。だから付け上がるんだよ」


 俺は俺の力で金を返したい。


 俺は今、自分の力で何かを為そうとしてる途中なんだ。


「今の俺は〈ドール〉のS200・FDだ。シロナ・ヘッドバーンとは母と子でもなんでもねぇよ」


「そ、それは……スパちゃん! うっ……うぅ、ひっく! うぐっ! 私、嫌よ! スパちゃんが息子じゃないなんて!!」


 頼む、お袋。マジでショックを受けないでくれ。俺は男の子でそういう年頃だから、ちょっと、擦れた感じに格好つけたいだけなんだ。


 それなのにガチ泣き寸前の顔にならないで!


「あのさ……! じゃあ、こうだ! 俺がアンタの息子に戻れるその日まで、俺の活躍をただ見守ってくれよ。英雄の息子として……ってのは言い過ぎかもだけどさ、普通に働いてお金を稼いでいくからさ」


「スパちゃん……」


 お袋は少しの間をおいて俺の頭を優しく撫でた。ウザイし、恥ずかしい。けど……今だけは、少し心地よい。


「けど一つ訂正。貴方は英雄の息子じゃないわ。レンチくんと私の自慢の息子よ。だから、頑張れるって信じてる!」


「……ったく、なんじゃそりゃ」


 お袋が急に真顔でそんなことを言うもんだから、思わず吹き出してしまった。


 けど、その通りかもしれないな。俺は英雄の息子である前に二人の息子なんだから。積もりに積もった肩の荷が少し軽くなった気分だ。


「ほら、さっさと〈タイム・マジック〉を解け。んで、伝票にサインと印鑑!」


「はい、はい。あっ、一回だけ、撮影魔法(フォト・マジック)を使っていいかしら! 可愛いスパちゃんが仕事してる姿をアルバムに収めたいの!」


「やめろよ! 恥ずかしいから!」


「もう、なんでよ!」


 ここままじゃ、仕事の疲労感よりも母へのツッコミで過労死してしまう。


 俺はお袋にサインを貰うと足早に、自宅から逃走した。配達ルートをだいぶ逸れてしまったからな。ここから巻き返すのは一苦労だが、仕方あるまい。

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