EP04 【〈ドール〉の働き方】

「おいS200・FD! チンタラしてんじゃねぇぞ!」


 理不尽な怒号が俺を呼んでいる。強面の現場監督が声を張り上げているのだ。


「チッ! いくら魔導人形(〈ドール〉)になったからって人使いが荒すぎだろうが!」


 俺は不満を垂らしながら、土嚢袋を乗せた人力車を押していた。ここはネジが紹介してくれた土木現場の一つで、隣国とトンネルを繋ぎ線路を引くために山をくり抜いているそうだ。


 そして俺はこの現場に作業用の〈ドール〉として派遣されている。


 さぁ、ここらで改めて自己紹介をしようか。俺は元スパナ・ヘッドバーン。英雄の息子に生まれながらも、中級学校で躓き、そこから落ちていった負け組の一人。挙げ句の果てに闇金魔女のネジ・アルナートに捕まって、〈ドール〉の中に魂を封印された元人間だ。


 そんな俺の身体には制限魔法(〈コントロール・マジック〉)の魔法陣が刻み込まれている。この魔法陣は〈ドール〉の行動を管理するためのもので、主人であるネジの命令に逆らえなくなるというエゲつない魔法陣だ。


 アイツが与えたくれたチャンスとは、こういう事らしい。


〈ドール〉でなければ出来ないようなハードワークを斡旋し、借金を返してもらう。わざわざ俺の体を〈ドール〉にしたのは、〈コントロール・マジック〉を介して、俺がサボったり、脱走しようとするのを防ぐためであろう。


「休憩だぞ、お前ら! 一時間後に作業再会だから、しっかり水分補給と休息を取れよ!」


 現場監督が休憩の拡声魔法(〈メガホン・マジック〉)で指示を出している。


 だが、悲しいことに「お前ら」の範疇に俺は含まれていない。休憩をするのは人間と魔族の職員だけで、疲れ知らずの〈ドール〉はまだまだ働けということだ。


 現に他の〈ドール〉は休まず、ピッケルやシャベルで削岩作業を進めている。


「はぁ……、確かに身体は全然動くけどさ。元人間としては精神的にキツイっての」


 いくら身体が疲れなくても精神が人間の俺にとって、この粉塵にまみれた労働環境はなかなかに応えるものだった。


 今日まで遊び歩いていた自分への罰だと思えば、理解はできるが、納得し難いものさ。


 どうやら俺の身体「S200・FD」は競技用人形(〈ファイティング・ドール〉)として設計されながら、腕のパーツを付け替えることで職務人形(〈ワーカー・ドール〉)や土木人形(〈エンジニアドール〉)に、武装と専用の魔法陣を付け足せば、戦闘人形(〈アーミードール〉)にだって換装できる複合型の素体(〈フレーム〉)らしい。


「ねぇ」


 きっとこの〈フレーム〉を作った職人はよほどの腕利きなのであろう。こんな貴重品をネジが手に入れられたということは、その職人も少なからず彼女と面識があるはずだ。


「ねぇ、スパナ……」


 案外、そういう天才って奴も近くにいるのかもな。


「ねぇってばスパナ! 聞こえてるなら返事くらいしなさいよッ! このポンコツッ!」


 あぁ、クソ……俺の傍には天才じゃなくて、人災がいやがった。


 物陰からは俺を呼ぶ声がする。本人は声を潜めているつもりなのだろうが、最後の方は痺れを切らして、大声になっていた。


 それに俺のことをS200・FDと呼ばないガサツの声の主なんて、一人しかいない。


「何しに来やがった、元凶め」


 憎しみを込めて、物陰を覗き込む。すると、そこには膨れ面ネジがいた。本来なら、ほかの債務者を追いかけないといけないだろうに。


「その言い草は何よ? 言っとくけど、悪いのはスパナなんだからね」


「俺をサボれない身体にしたクセに、お前はサボりかよ」


「ち、違うわよ! 私はサボりじゃなくて、アンタがまじめに働いてるか様子を見に来たの!」


「監視役なら、他にいるだろ。それに、俺を〈ドール〉にして〈コントロール・マジック〉の魔法陣を刻んだのだって、俺をサボれなくするためだろうに」


「そ、それは……」


 顔を赤くしながら、口籠る彼女に俺は呆れしか出てこない。そんなに俺にサボってることがバレて恥ずかしいのかよ。


「会社には黙っててやるから、さっさと他の債務者を捕まえに行けよ。俺がこんなに辛い思いをしてるってのに、他のクズどもが呑気に遊んでると思うだけで不愉快だからよ」


「うわぁ……」


 俺を見る目が急に冷たくなりやがった。


「んだよ、その目は! 俺の性格がひん曲がってるのくらい、今に始まったことじゃねぇだろ!」


「確かに……というか、私はサボりじゃないし! アンタの魔力を充填をするためにわざわざ出向いてやったんだから!」


 疲れ知らずの〈ドール〉といえど、何も半永久的に稼働できるわけじゃない。定期的なメンテナンスは欠かせないし、一定期間ごとに動力源である魔力を充填しなければならないのだ。


 ただ、俺の場合はちょっと勝手が違っていた。片親が魔族であることも影響してか、俺の身体は魔力送料が膨大で、尚且つその性質は魂だけになっても健在であった。


 だから、俺の身体は仮に一週間ぶっ続けで働いても問題ないし、なにより、この闇金魔女に借りを作りたくないのだ。


「別にいらねぇよ。それにお前なんかに直接充填してもらわなくとも、現場から魔力塊(〈バッテリー〉)の配給だってあるし」


「そ、そんなの知ってるわよ! けど……そうじゃなくてさ。やっぱり、スパナも疲れてるでしょ。だから……その、休ませて上げる理由を持って来たのよ!」


 さっき以上に顔を赤くするネジに俺は戸惑った。それじゃあネジは一体、何がしたいんだ? 


 俺の身体に魔法陣を刻み込んで、サボらせない身体にした癖に、その本人がわざわざサボる理由を持って来たらダメだろ。


 昔からアホな奴だと思っていたが、ここまでアホだとは……一人の幼馴染として心配になって来たぞ。


「可哀想に……魔法じゃ、頭は良くならないもんな……」


「アンタ、私に喧嘩売ってるの?」


 重いっきり腹を殴られた。痛みはないが、解せねぇ。俺はその頭の悪さを心配してやっただけなのに。

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