EP42【喪失と破棄】

 まともに立つことも出来なくなった俺は結局、後から探しにきてくれたネジに見つけて貰った。ぶっ壊れてスクラップの一歩手前だったと思う。


 彼女は何も言わずにクルスくんを呼んで、二人掛りで俺を彼の工房へと運んでくれた。

 

 そして、俺は今、修理台の上に寝かされている。


「あのスパナさん……何があったんですか?」


「実はな……」


 どうせ、後からバレてしまうのだから、逆恨みされていたグレゴリー達にリンチにあったことから、フレデリカを購入するために借金を増やしてしまったことまでを包み隠さずに話すことにした。


「まぁ、そんなわけで、金を振り込みに銀行に行かないといけないから、なんとかこの身体を動けるようにしてくれよ」


「わかりました……ただ、動くようになっても、明後日のエキシビション・マッチには、」


「分かってる……。色んなところを壊されたからな」


 グレゴリーのクソ野郎にしてみれば、俺の試合のことなんて関係ない。だから存分にいたぶってくれたのだ。


 クルスくんは俺の破損個所を確認しながら、渋い表情で眉間にしわを寄せた。


「そのグレゴリーって人、かなり嫌らしい人ですよ。殴るタイミングに合わせて劣化魔法(ディテェリオレイション・マジック)を発動したんでしょうね。この魔法に晒された箇所は、魔法での修繕が不可能になるんです」


 それでも、クルスくんは予備のパーツで俺の全身を補修してくれた。


 以前にも使わせてもらった簡易腕とその足バージョンで四肢を補った俺の姿は、やせ細った病人を思わせる。我ながら惨めそのものだ。


「僕の知り合いのツテを頼れば、なんとか新しい両手足のパーツを明後日までにそろえることは可能です。ただ、」


 エキシビション・マッチのためにクルスくんが用意してくれたパイルバンカー。そこに魔力を供給するための伝達系ばかりはどうしたって修理が間に合わないと、彼は続けた。


 もともと、俺の身体は競技用人形(ファイティング・ドール)をベースにしながらも、職務人形(ワーカー・ドール)の器用さを持たせるために、複雑なカスタマイズが施されていた。さらにそこへパイルバンカーへと膨大な魔力を充填するだけの伝達系を増設したのだから、俺の内側はかなりピーキーな状態になっていたといえよう。


 それこそ一つの部品が壊れてしまえば、全身にエラーが蔓延する程度には。


「仮に伝達系のパーツをすべて新品に取り換えたとしても、スパナさんとネジ社長の魔力に合わせて再調整するだけの時間もないんです」


「そうか……」


 どうやら俺は自分のために作ってもらった切り札さえ、なくなってしまったみたいだな。


 ◇◇◇


 ひとまずできる限りの補修を済ませてもらった俺は、早朝からネジの闇金を訪ねていた。「逃げ出してしまいたい」という気持ちを押し殺して、彼女の待つ社長室のドア前までやってきたのだ。


「ネジ……俺だ。スパナ・ヘッドバーンだ」


 俺はどうしても今日中に五〇〇万ペルが必要なこと、そのために新たに四〇〇万の借金をしたいことの二件をドア越しに伝える。


「入って」


 彼女は短く、そう答えた。


「どうしてそんな大金が必要なの?」


「フレデリカの所有権を買い取るのに。そうしなきゃ、アイツが酷い目に遭わされてたから」


「そう……」


 ネジは淡々と必要な書類を用意し始めた。それから間もなくして、俺の借金がすべて記載された新たな借用書が出来上がる。


「あ、あのさ、ネジ……! 俺、こんなにボロボロになっちまったけどよ。それでもエキシビション・マッチ絶対には絶対勝って溶菌を手に入れるからさ! その賞金は全部返済右に充てるし、最初に借りた二五〇万だってどれだけ掛かろうと、ちゃんと働いて返すから! だから、」


 だから、最後にもう一度だけ俺に力を貸してくれないだろうか? そう言葉を続けようとした途端だ。


「そうじゃないわよ! バカスパナッ!」


 ネジが俺を怒鳴りつける。


 彼女を怒らせたことなんて、これまで何度もあった。


 けど今回は、これまでと明らかに違う。こんな真剣な顔で怒った彼女を見るのは初めてだったのだ。


「バカ!! バカ!! クソバカ!! アンポンタン!!」


 ネジは半狂乱のように俺をなじって、できたばかりの借用書に手を伸ばす。


「おい、待て! 何するつもりだよ⁉」


「決まってるじゃない! こんなもの、こうしてやるのよ!」


 彼女はそれを破り捨ててしまったのだ。

 俺の眼前でビリビリに引き裂かれた紙片が舞い散っては、ただ墜ちてゆく。

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