EP48【PRESENT・FOR・YOU】

 フレデリカが持ってきた木箱を作業台へと下してくれた。大きな音がしない辺り、中身はそこまで詰まっているわけでもなさそうだが……


「けどプレゼントって……なんの真似だよ」


「さぁ? けどスパナ様とネジ様にこれを渡してほしいと頼まれたんです」


「俺と?」


「私に?」 


 俺はネジと顔を見合わせる。プレゼントを貰う心当たりなんてまるでないのだから。


「それに今はそれどころじゃ……」


「それが、それどこじゃあるんですよ! とにかく開けてみてください!」


 プレゼントなんていう癖に、その木箱はなんの装飾もされていない味気ないものだった。しかも、開けるのにはノミやマイナスドライバーの先を噛ませなきゃいけない面倒な仕様。


 コイツを俺に送り付けたヤツは、どこかぶっきらぼうなヤツなんじゃないだろうか?


 木箱は両腕がない俺に代わってネジとクルスが開けてくれた。


 そして、緩衝材の木屑を払いのけた後に、俺たちは驚愕する。


「コイツは……!」


 なんったって木箱の中身は、今の俺にとって一番必要なものだったのだから────


 ◇◇◇


『さぁ! 間もなくハーフタイムも終了です。ジーク&ドラグニルの怒涛の爆撃に成す術もなかったネジ&スパナ! もう二人には後がないぞ! 果たして逆転成るか、それとも絶対王者の前にひれ伏すのか、注目の第二ラウンドだ!』


『ふれー! ふれー! 負けるな、負けるな! スパちゃん、ネジちゃん!』


 リングに上がった俺は、直後に司会席から聞こえてきた声に総毛立った。


『あの……シロナ姫、なんで司会席に貴女様が』


 奇しくもそれは俺が抱いた感想と全く同じだった。


『細かいことは気にしない。これは私の気まぐれよ』


 うん。気にしないとか、そういう話じゃねぇよ。あのバカ親は何度人の試合の出端をへし折って、ギャグパートを埋めようとするんだ!


「貴女のお母さんもここまでいくと、酷いわね」


「今だけはアレを母親とは思いたくねぇ……」


 ただ司会者の言うことは、その通りだった。


 ここで勝たなきゃ後がない。


「見せてやろうぜ、俺たちが王者に追いつく姿を」


「当たり前よ、カッコ悪いとこ見せたら許さないから」


 俺たちは拳の裏同士を合わせてグータッチを交わし、再びジーク達と向き合った。


 第二ラウンドには、最初のラウンドのようなハンデが存在ない。カチ鳴るゴングこそが開幕の合図だ。


『ええと……それでは司会席からは私(わたくし)とシロナ姫の二人体制でお送りします。それではエキシビション・マッチ第二ラウンドッ! スタートだッ!』


 ゴングの余韻も押しつぶさんとする勢いでドラグニルが〈イージス盾〉を構えたまま俺へと突っ込んできた。


「絶対防御(イージス・シールド)!」


 一才の隙もない、ただ圧倒的な力を持って押し潰そうという魂胆か。獅子は兎を狩るのにも全力を尽くすって言うのはこう言うことなんだろう。


「ふぅ……」


 俺は軽く呼吸をして、内側に酸素を取り込んだ。全身の魔力が血液のように体を駆け巡り、身体が熱くなってるのが分かる。


〈迎い打つのよ、スパナ!〉


「おうッ! いわれなくてもやってやんよッ!」


 俺の拳が黒い閃光を放った。


 フレデリカが持ってきた、とある方とやらのプレゼント。その正体は魔導人形(ドール)の両腕だった。拳をプロテクターで覆われていること自体は何ら珍しくない市販品の腕。恐らく性能だけで言えば、俺専用にカスタマイズが施されたクルスくん制のパーツのほうが数段上であろう。


 だが、この腕には覆うプロテクターにはとある特殊な素材が採用されていた。


「これが俺の黒拳(ブラック・フィスト)だァ!」


 突き出した拳は、真正面から突っ込んでくるドラグニルの勢いを殺す。盾を砕くまでには至らなずとも、俺の一撃は王者の本気を受け止めてみせたのだ。


〈スパナ、一旦退いて!〉


「戻るんだ、ドラグニル!」


 俺たちは、互いの主人の命令通りに、間合いを測り直す。


「その濃縮された魔力の気配……黒魔法(ブラック・スペル)か」


「ま、そんなとこだよ」


 そう。この真っ黒なプロテクターは〈ブラック・スペル〉によって形作られた、高濃度魔力凝縮材である。


「ということは、その新しい腕はシロナ姫様からの施しかい?」


「いや、お袋も今頃ぽかんとしてるだろうぜ」


 あの人は親バカが過ぎるばかり、応援だけに夢中になって、こんなものを用意しようなんてアイデア自体、浮かばない筈だ。


 それに、このプロテクターに込められた魔力はお袋のものじゃない。


「まったく……余計なことするヤツがいたもんだぜ」


 俺はこれを送りつけた「とある方」が大嫌いだった。


「さぁ、ここからは俺たちの逆転劇だ!」


「面白い! だが、そう甘く見ては欲しくないな!」


 虚空に展開される魔法陣。きっとジークは暴発魔法(アクシデントガン・ディスチャージ・マジック)による迎撃を試みたのだろう。


 だが、それじゃあダメだ。


「そっちこそ、私たちを甘くみないことね」


 俺の主様がほくそ笑み、展開された魔法陣に被せるよう彼女の魔法陣が展開された。重なりあった魔法陣は互いに効果を打ち消し合い、暴発することもなく、消滅する。


「人呼んで、消失魔法(エリミネーター・マジック)って言ったところかしら?」


「まさか……こんな隠し玉を秘めていたのか」


 全く同じように魔法陣を展開し、その効果を相殺するのにだって技術とセンスがいる。


 ジークも優秀な魔術使いではあるようだが、俺の主様は泣く子も黙る闇金魔女のネジ・アルナートなんだよッ!


「弾けろ〈ブラック・フィスト〉ッ!」


 高濃度魔力凝縮材から放たれる一撃であれば、〈イージスの盾〉の防御も貫通して、ドラグニルにダメージが入る。


 俺は両拳を交互に叩きつけてやった。さらに、よろけてノーガードになった首へと渾身のハイキックを挟み込む。


「ぐッッ……!」


 トレース式の強みはほとんど〈ドール〉と一心同体になれるという点にあるのだが、それは強みであると同時に弱点でもある。なんたって受けたダメージがそのまま当人にも反映されるだからな!


 だからこそジークは絶大な防御力を誇る〈イージスの盾〉で弱点を補ってきたのだろう。だが、その盾の防御力も意味をなさないとしたら?


「オラァァっっ」


 俺はハイキックの勢いのまま、ドラグニルのボディを地面へと蹴り倒す!


『ワン! ツー! スリッー!』


 始まるのは司会者のテンカウントだ。


 だがドラグニルの瞳も赤く煌めく。カウントが三秒半ばで上体を起こすと。すぐに剣と盾を構えて、臨戦態勢を取り直したのだ。


『おぉっと!! 最初にダウンを奪ったのはなんとチャレンジャーです! 拳と蹴りのコンビネーションで、王者に膝を着かせたァ!』


『ふふ。うちのスパちゃんは昔から器用なのよ。それにネジちゃんもナイスサポートっ! 二人とも頑張れー!』


『しかしですよ、シロナ姫。今回の試合、加速魔法(アクセル・マジック)や保護魔法(プロテクト・マジック)といった基礎的な魔法が使われていないのでしょう? 今の一撃にしたってチャンピオンは、反撃魔法(カウンター・マジック)を使うそぶりもみせませんでしたよ』


『ネジちゃんの〈エリミネーター・マジック〉を警戒してというのも理由の一つでしょう。ただ、それ以上に互いがお互いの暴発魔法(アウトバースト・マジック)を意識しているんです。


 競技人形(ファイティングドール)の身体の内側には予め無数の魔法陣が仕込まれているのが普通ですが、今回は相手にそこを暴発の起点にされないよう、スパちゃん達は勿論、ジークさんだって〈ドール〉の身体から魔法陣を排除してるんでしょうね』


『それでこのような試合が繰り広げれたと……なるほど、大変わかりやすい解説をありがとうございます、シロナ姫! 以上、解説席からでした。引き続き試合をお楽しみください!』


 司会者の実況と、何故か馴染んでいる解説のお袋が観客達に更なる熱を注ぎこんだ。


 会場中が溢れるのネジ&スパナコールだ。。


「ははっ、会場もようやく温まってきたじゃないか。これも君たちのおかげだ、ネジ社長! それにスパナくん!」


「ケッ……随分余裕そうじゃねぇかジーク」


「いいや、これでも焦っているさ。特にさっきの一撃は危うく意識が飛びかけたほどだからな」


 だからこそ、同じ手を食うわけにはいかない。そう言わんとばかりにドラグニルがブレードを振り上げた。刃先が太陽に反射し、白く輝く。


「チッ!!」


 プロテクターでガードするも、今度はドラグニルの猛攻が始まる番だ。


 一撃、一撃が重く、さらに早いブレードのラッシュが俺に降り注ぐ。


〈スパナ! 守ってばっかりじゃ勝てないわよ!〉


〈だったら、カウンター狙いだッ!〉


 俺は顎を引いて、ドラグニルの隙を探った。


 ほんの僅かに右足の動きが鈍い。


「そこッ!」


「残念。それは僕のブラフさ」


 強引にねじ込もうとした爪先が盾によって止められる。この野郎、敢えて動きが遅いように見せかけて攻撃を誘いやがったな!


「さぁ、これは耐えられるかな? 〈イージス・シールド〉ッ!」


 ドラグニルが容赦なく盾で俺を跳ね飛ばした。黒拳でガードしてダメージを抑えるも、やはり盾による重厚な一撃は防ぎようがない。


「ガァっっ!!」


 カウンターを入れようとした、そこへカウンターを入れられてしまうという手痛い状況になってしまったが、まだだ!


『ワンッ! ツッー!』


 カウントが始まるも、俺はゴロゴロと身体を転がしながら、その勢いを利用して無理やり身体を起きあがった。


「まだだ……まだ負けてねぇぞッ!」


「そうよ、もう一回かましてやりなさい!」


 ネジから提供糸(コード)を通して、追加の魔力が充填される。これでまだまだ戦えるぜ。


「ふふっ、尚も折れずに立ち上がるか。ならば僕も隠しダネの一つくらい、披露しなければなッ!」


 ドラグニルが一部の外装を外し、軽装になった。そして外れた装甲の内部から数多のエンチャント式魔力炉が露出する。


 エンチャント式魔力炉はネジも愛用する魔道具。魔法陣を用いずとも、加速を生むことができる優れた発明品だ。


 これなら暴発魔法によって爆破されるリスクもない。


「さぁ! もっと君たちの闘志を見せてくれたまえ!」


 炉は青い魔力の尾を引いて、ドラグニルが加速に乗った。そのまま遥か上空まで飛翔し、頭上より必殺の一撃を落とそうと急降下する。


「マジかよ、この野郎⁉」


 迫りくるドラグニルの姿は天より降り注ぐ轟雷か、はたまた墜ちる星屑を思わせた。

 たかが一撃を放つのに大層な前振りをしてくれるじゃないか。ならば俺も拳をキツく握り締め、持てる力の全てを持って迎え撃つだけだ。


「〈イージス・シールド〉ッ!」


「〈ブラック・フィスト〉ッ!」


 盾VS拳。


 勝ちを譲る気がないのもお互い様だ。ならば互いの全身全霊を込めた一撃同士も拮抗し、このまま威力同士も相殺されてしまうかに思われた。


 だが────


「スパナくん。やはり君たちに見せる隠しダネは一つ程度じゃ足りないようだ」


 盾越しに感じる魔力の明らかに変わる。まるで表面が裏面にひっくり返されたかのように、盾に注ぎこまれた魔力が「鋭さ」を帯びるのだ。


「────モード反転・イージスの矛」

 

 盾が真ん中で割れて、そこから魔力によって形成された刀身が引き延ばされる。


 その切れ味は本来破壊不可能であるはずの〈ブラック・スペル〉から成るプロテクターを切り裂いて尚、満たされることを知らない。


 爆ぜた火花と共に、俺の拳は二つに切り裂かれてしまうだった。

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