第24話 曲作らはるんですか、先生

 朱実あけみには紅茶の味はよくわからない。

 紅茶に砂糖もミルクも入れずに飲むのは初めてだったけれど、そのことは黙っていた。

 お嬢様の亜緒依あおい

「本場のお茶だけあって、いいお茶ですね」

と言うのだから、いいお茶なのだろう。

 朱実も、その香りと、温かいお茶が喉に触れるのとで、とても温まった感じがする。

 先生が買ってきたイギリスのクッキーの缶も開けた。

 「わたしたちがいただいていいもんなんですか?」

ときくと、

「予想してへん人に会うかも知らんと思うて、三‐四缶よけいに買うてきたから」

と先生は言う。「予想してへん人」用に三‐四缶よけいということは、会うのが確実な人のぶんはもっとあるのだろう。

 荷物が大きくなるはずだ。

 それから三人はいろんな話をした。

 亜緒依が大手家具屋さんのチェーン店の経営者の娘であること、朱実と知り合ったきっかけは、雨の日に朱実が亜緒依に傘を貸したことだったこと、去年の夏休み、亜緒依にそそのかされて、家出したこうくんを追って朱実が鹿児島の向こうまで行った駆け落ち事件、紘くんのその後、そして、あずさ神社での会話から、二人が先生を訪ねてきたいきさつまで、朱実と亜緒依が話した。

 ひな先生は、ちょっと首を傾けて、目を細くして、優しそうにきいていた。

 日本に帰って最初の夜がこんなのでいいのだろうか、それより、何か予定が先に入っているのではないかと朱実は思った。しっかりした人ならともかく、ひな子先生ならば、何か予定があっても忘れていそうだ。

 でも、三人で話をするのは楽しかった。そんなことを言い出してその時間が中断してしまうのは惜しい。

 だから朱実は黙っていた。

 みんなのお茶が二杯めに入ったとき、亜緒依がふいにきいた。

 「ところで、先生は何の勉強をしに留学に行ってはったんですか?」

 「音楽」

 ひな子先生は短く答えた。

 「とくに作曲」

 「曲作らはるんですか、先生」

 「うん。もともと音楽の勉強してたから」

 その話は初めて聞いた。

 もっとも、先生はほかの学年やほかのクラスの音楽の授業も持っていたから、音楽が専門であるというのはすぐに納得できた。

 「でも、小学校は?」

 亜緒依がきく。

 「辞めた」

 短く言って、ひな子先生は、ちょっと恥ずかしそうに朱実の顔を見た。

 朱実は何も言わない。

 先生をいじめていた学年の子としては、何とも言えない。

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