第17話 えいっ!

 亜緒依あおいが大きく息をつく。

 「朱実あけみなぁ、人間の世のなか、いろんな可能性があるんや」

 亜緒依はすぐ横、ほんの少し後ろにいる。それで、亜緒依がそこまで言ってもういちど息を整えたのが、そちらを見なくても朱実にはわかった。

 「それは、悪い可能性、いうのもあるよ。でも、そんなんほんの何パーセントかやし、それはだれにだってあるもん、いまの朱実にかてわたしにかてあるもんや。でも、そうやない可能性かて無数にあるんやし、そっちのほうがずっと多い。すごいラッキーでも、すごいようないのでもない可能性いうのがさぁ。それがいちばん大きいんよ、可能性ちゅうもんのなかでは……そんなん、さぁ」

 亜緒依はそこでことばを止めてしまう。

 あのこうくんの事件のときには、その悪い可能性ばっかり言ってわざと煽ったから、という反省が亜緒依の中で芽生えてるんやろか、と、朱実はちょっと思う。

 ちょっとだけ、思う。

 でも、朱実がその先を考える前に、亜緒依は続けた。

 「ま、甘いもん食べて、考えよ。甘いもんて、こういうとき、けっこういい薬に……」

 どしゃん、と派手な音がした。

 「あっ。あぶないっ!」

 女の人の悲鳴が響く。ごろごろと何かが急にこちらに近づいてくる。

 朱実と亜緒依のいる場所のほうへと、その何かは、ぐらぐらと揺れながら、それでも着実に近づいてくる。

 しかも、急な坂だけあって、それの速度が加速度的に上がって来る。

 何?

 テロ?

 テロへの警戒はおこたったらあかんとはわかっていたけど、そんなのまずあり得へんやろととまどう朱実の思いにこたえるように、その物体は、ばぁん、と音を立てて弾けた。

 周りの人たちが、いっせいにこちらに注目する。

 「えいっ!」

 朱実の左側にいた亜緒依が、すばやく右側に回って足を上げる。

 サッカーボールを蹴るように、蹴る。

 弾けてからも勢いが止まらずに地面をずずずっと滑ってきた赤い大きいものの動きをその蹴りで止めた。

 エナメルの黒いかっこいいブーツを履いた足を、かっこよくすっと伸ばして。

 亜緒依がその物体の動きを急に止めたせいで、なかに入っていたものが噴き出すようにとび出て、商店街の地面に散乱したけど。

 でも、朱実は、その親友の活躍を見ていなかった。

 「うん?」

 朱実の見ている先には、不自然に腰を屈めたままバッグを持ちカートを押さえて、こっちを見ている女の人がいた。

 それは、急な坂の上でもう一つのカートの手を放して、その中身を商店街の道のまん中にぶちまけた張本人――。

 そのはずだ。

 「先生……」

 朱実がようやく声を立てる。

 「ひな先生でしょ?」

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