第18話 わたしらいちおう女やし

 相手の女の人はそれでもしばらくきょとんとして朱実あけみを、そして、その横で、自分をにらみつけるように見上げている亜緒依あおいを見ていた。

 「朱実ちゃん?」

 首を軽く傾げる。

 「小衾おぶすま小学校の木下きのした朱実ちゃん?」

 朱実はうなずいた。

 でもその頷きかたでは軽すぎた。だからもういちど深く頷く。

 今度こそ、涙があふれそうになった。

 「待ったぁ!」

 亜緒依が――。

 演劇部のヒロインが、特別の気合いで、よく通る声で割って入る。

 その右手は、少しの揺るぎもなく、ひな先生のほうをまっすぐに指さしていた。

 その声とその姿の芝居がかりかたは、さすが演劇部!

 でも人を指さすのは失礼だということをこの子はわかっているのだろうか。

 そう思うと、溢れそうになった涙のことなんか朱実はさっさと忘れてしまった。

 ひな子先生は、突然自分にすごい声をかけた女の子のほうを、やっぱりきょとんと見ている。その「きょとん」に乗じるように亜緒依が追い打ちをかけて言った。

 「先生、いま動いたらあかん。動いたら、そっちのもこれとおんなじことになる!」

 「あ、ああ」

 ひな子先生は、慌てて、自分が押さえているカートを、さらに力をこめてぎゅっと上から押さえ直した。

 たしかに。

 いま先生がカートから手を放したら、そちらのカートまで坂道を転がって加速度がついて、同じことが起こってしまう。

 「それと、朱実」

 「なに?」

 再会の感動に水を差されて、ちょっと不愉快――そういう態度をわざとありありと見せて、朱実が亜緒依を見る。

 亜緒依は、ちょっとだけすまなさそうに首をすくめて、小声で下のほうを指さした。

 「これ、わたしらでぱぱっと片づけよ。わたしらいちおう女やし」

 女なのがどう関係するのか。しかも「いちおう」って。

 でも、これ、と、亜緒依がばつが悪そうに指さしたものを見て、朱実は一瞬の時間もかからずに納得した。

 「あ、……あぁ、うん……」

 周りの通行人が立ち止まり、男の人も女の人も遠巻きに見下ろしている。

 朱実も見て頭にかあっと血がぜんぶ集まり、その勢いでかえって顔の温度が下がった。

 亜緒依が指さしているのは、ひな子先生がカートにつけていたスーツケースのファスナーがはずれて、正月二日の商店街の路上のど真ん中にみごとに散乱した、女性用下着の山だった。

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