第14話 ああ、ちょっと!
昼間なのだから、家の中の電気が
でも、先生の家の暗さは、そういう暗さではない。
「あ」
それで気づいた。
お飾りが出ていない。
正月なのに。
もっとも正月飾りを飾らない家もある。
朱実のところは、年末の三十日に朱実がスーパーででっかいお飾りを買ってきて、玄関にこれ見よがしに飾った。
お母さんが
「三十一日にお飾りを飾ったりしたらあかんよ!」
とうるさく言うのだが、二十九日や三十日はお父さんは仕事でいない。お母さんは台所でずっと何かやっているので、お飾りを買ってくるのは朱実の役割になる。
スーパーで買って来たものを飾るのに三十日も三十一日もないと思うんやけど。
朱実の家の近所を見ると、お飾りを出す家とだいたい半々ぐらい?
それに、前に来たとき、先生のご両親は、どこか遠くに住んでいて、この家はいまは先生しか住んでいないと聞いた。
だったら、先生は、この家にはお飾りを飾らないのではないか。
ご両親の家で飾らはるから。
そういう理屈を考えてから、朱実は門柱のインターフォンに近づいた。
ベルを押してみる。
しばらく待つ。
何の動きもない。
もう一度ベルを押してみる。
しばらく待つ。
何の動きもない。
庭の松の枝がさわさわと音を立てたのが耳にさわる。ふだんは気がつかないのに。
朱実は軽く目を閉じて深呼吸した。
「いてはらへん」
「うん」
亜緒依の答えは地味だった。いつものからかうような笑いも浮かべていない。
朱実は続けて自分の考えを亜緒依に言った。
「先生のお父さんお母さんは遠いところに住んではるて前に聞いた。きっと、お正月はそこに帰ってはるんやわ」
「うん」
その地味な返事のあいだに亜緒依は何を考えたのだろう。
逆の立場なら、こんなところに来るように言うてごめん、と、謝るだろう。しかたがないと思っても、ともかく謝るだろうと思う。
でも亜緒依はそうはしない。
それに、朱実が何を考えているかもわからないだろう。
先生はお父さんお母さんのところに帰ってはるとする。ところが、正月なのに、お父さんお母さんのところに帰ってこない息子もいる。
つまり、朱実のお兄ちゃんだ。
そんなことを考えると、朱実も笑えた。
「さ、帰ろ」
「うん」
亜緒依はそれ以外何も言わず、朱実が歩き出すと後ろをついてきた。
「ああ、ちょっと!」
場違いな大きい声が飛んできて、朱実はふと声のほうを振り向いた。
女の人の濁った声だ。
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