第13話 ここ?

 この店はもともと古い和菓子屋さんだったのかも知れない。それをこういう喫茶店かカフェか風に改装したのだろうか。前の店では売れ行きがよくなかったのか、店主がだいわりしたのか。

 でも、前に来たときにこんな店があったかどうか、覚えていない。あのときは、いつも、ひな先生をまん中に、子どもたちで話しながら歩いていたので、まわりの店のようすなんか気にしていなかった。

 曲がり角だって、先生が立ち止まって教えてくれなければ、目印の店も覚えなかっただろう。そして、その曲がり角を曲がれば、先生の家まですぐのはずだ。

 商店街を奥まで行くと、開いている店も人通りもさすがに少なくなる。それでも、角の「春らんまん酒場」と書いた店は、開いてはいないものの、開店の準備をしているらしく、店の中で人が動いているのが、飾りガラスの窓を通して見えた。換気扇も勢いよく回っている。

 その油汚れがそのままになったガラスは「春らんまん」という名まえからはちょっとイメージが遠いように感じるけれど。

 「あ、ここ左」

 その「春らんまん酒場」の横を曲がる。亜緒依あおいはおとなしくついて来た。

 ここまで来ると朱実あけみも胸のまん中がきゅっと引き締まるように感じた。

 まさかとは思うけれど、もう朱実のことを忘れているのでは?

 もうあの「悪い学年」のことは忘れたいと思っているのでは?

 よくない想像がたくさん湧いてくる。

 でも、よくない結果でも、結果がわかるのはもうすぐなのだ、五分後には自分はその結果を知っているのだと思うと、気もちが少し落ち着く。

 亜緒依がこつこつとかかとの音を立てながら歩いてきてくれていることも、いまは心強い。

 角の燃料屋さんを通り過ぎ、その向かいの、何を売っているのかよくわからない雑貨屋さんを通り過ぎ、狭い庭になぜかバスケットボールのゴールのついた家を通り過ぎ――。

 あった。

 場所はまちがっていなかった。

 家も昔どおりだ。

 焦げ茶色の壁に、円い窓が二つ、並んで空いている。

 表札には「栗生くりゅう」とある。

 栗生ひな子。

 そうだ。栗生というのがひな子先生の苗字だった。こう書いて「くりゅう」と読む。

 「あった」

 朱実は小さい声で言った。立ち止まる。後ろで亜緒依も立ち止まったのがわかった。

 「ここ?」

 亜緒依の反応は思ったよりずっと控えめだった。

 「うん」

 でも、考えてみれば、亜緒依が後ろにいる限り、このまま帰る、というわけにもいかないのだ。

 いや、それも考えてみた。

 「お家あったんやから、もうええやろ。帰ろ」

と言って、すたすた歩き出してみたら、どうなるだろう?

 亜緒依だってぎゅっと引っぱって止めたりもしないだろう。この白いふかふかの毛糸のジャンパーをつかんで、引っぱり戻したりは。

 そう思って、先生の家を見上げて、ふと何か変だと思った。

 何かしんとしている。

 暗い。

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