第9話 ということは、朱実もいっしょに

 おかげで朱実あけみは余裕を持って答えることができる。

 「ひな先生ていうて、小学校のときの担任の先生。先生のくせに、子どもにいつもいじめられて泣いてた」

 「学級……崩壊とか?」

 「学級崩壊」が言いにくかったのは、学級崩壊が深刻な事態だからではなく、たこ焼きのせいでまだ口のなかが熱いからだろう。

 ほれみぃ、と思っていると顔が笑顔になるのがわかる。

 「いや、ただよう泣く先生やっただけ。それにたしかにぼんやりさんで、なんかへんな凡ミスもようやったしなぁ。学校に持ってくるかばんを間違うて、中から豆腐とか腐りかけの肉とかが出てきたこともあったし」

 「……なにそれ?」

 「前の日に買い物に行ったときのバッグ、学校の鞄のとこに置いたままにしてはったんやろ。それで、まちがえて持って来はったのにも気づかへんで、学校まで来てしもうて。あと、あの体育とかで白線引くやつ、あるやん。なんか粉のいっぱい入った、ごろごろ引っぱるやつ」

 「……ああ」

 「あれを階段の上まで持って来て、そこでひっくり返さはったことある。クラスの半分、体操服の上からまっ白け。そのへん、なんかチョーク臭いっちゅうか石灰っぽいっちゅうか、そんな白い煙が漂うて、みんなきこんで涙流してるし、体育どころやなかった。そんなんやから、男の子がおもしろがって、みんなで示し合わせて先生のスカートめくったりして、ただめくるだけやのうて、せんぷうきとか言うて、すそのとこを引っぱり上げたままぱたばたあおいでみたりして。先生そのあと一時間泣きまんで、泣き止まんまま理科の授業しとったん、よう覚えてるわ。で、その男の子らのなかにこうくんもおった」

 「ということは、朱実もいっしょにいじめてたんや」

 亜緒依あおいのものの言いかたが普通に戻って来た。

 「わたしはそんなことせえへんよ」

 あのころ、紘くんとそんなに仲ようなかったし、とは言わなかった。

 「男の子らのなかに」紘くんもおった、て言うてるんやから、女の子のわたしがそのなかに入ってるわけがないやん、とも言わなかった。

 続ける。

 「それに、崩壊どころか、一学年三クラスで、そのひな子先生のうちのクラスがいちばんまとまりよかったもん。運動会でも、個人の競技はべたべたやけど、リレーとかになるとすごい強かったし、あと、みんなでやるダンス? そんなんもうちのクラスが学校で一番とかで表彰されてたし。ひな子先生が持たはったのが三年生からの四年間、そのあいだいちどクラス替えあったけど、いつもひな子先生のところがいちばんまとまりよかった」

 「ふぅん」

 たこ焼きの熱い効果が切れたらしく、亜緒依は促すように横目で朱実を見た。

 でも、このぶんだと、亜緒依はたこもかたまりのままみこんだのだろうと思う。

 もったいない。

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