第10話 先生の家ってここから見えるんや

 「それで、卒業してから、中二のときやったかな、この神社でそのひな先生とばったり会うて、それでやっぱりここで話したんや。そのとき言われた。あんたらの学年が、自分が先生になって最初に担任した学年で、あんな悪い学年やとは思わへんかったけど、そのあとで担任したおとなしい子らと較べたらやっぱりおもしろかったな、て」

 「のどもと過ぎれば熱さ忘れる、てことか?」

 それはいまの自分のことやろ。

 ――と朱実あけみは思ったけれど、言わずに、続ける。

 「あれで自分が子どもらにもの教えんの好きやてわかったて言うてはった。そんなんで、ここでずっと話してて、それで、立ち上がったとき、ひな子先生が言うた。ここからやったら、学校はもちろん、自分のうちも見えるんやろなって。いま亜緒依あおいがおんなじこと言うたから、それで、ふっ、と思い出した」

 「その先生が年賀状くれてへんの?」

と、その亜緒依が言う。

 「うん」

 朱実は目を伏せた。

 「卒業してからは毎年くれてはったのに、どないしたんやろ、って思うてな」

 言ってから、朱実はしまったと思った。

 亜緒依はこういうときに心配を打ち消すようなことは言ってくれない。逆に心配をわざとあおるようなことを言うのだ。

 熱いたこ焼きにさいなまれる姿を見ていて、亜緒依の真の姿を忘れていた。

 何という不覚だ。

 でも、亜緒依は、その遠い平野のほうを見てのんびりと言った。

 「先生の家ってここから見えるんや」

 「家そのものが見えるかどうか知らんけど、まあ、見える範囲よ」

 そう思いつつも朱実は正直に言ってしまう。

 まあ、ここで隠してもしかたのないことやし、と思う。

 「どのへん?」

 「おさめって知ってる?」

 「うん。電車で学校からここに来る途中やろ?」

 朱実から言うと学校から帰る途中だが。

 「そこの近く。丸窓のある家」

 「よう知ってるな」

 「卒業してから一度行ったことあるもん。そのいじめてた子らといっしょに。まあ、あとで聞いてみると、その子らの親が、過去のいろんな悪いことを謝らすために、高いお土産みやげ持たせて行かせたみたいやけど」

 「それやったら、なんで朱実もいっしょに行くん? いじめてへんかったんやろ?」

 「最後の学級委員やったから」

 亜緒依の口もとにずるそうな笑いが浮かんだ。

 ああ、また弱みを握られたと思う。ほんとにこの子が相手やと油断ができへん。

 「それで?」

 そう思ったけれど、うながされるままに、朱実は続ける。

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