第34話 封書が二通来てるで

 その三が日も終わって、四日――。

 母親と朱実あけみの立場は逆転した。

 正月準備疲れと正月のゆるみきった気分から回復したお母ちゃんは元気に家事をこなしている。

 そして、朱実はと言うと、そろそろ冬休みの宿題が重く感じられてきたところだ。

 それでもまだ休みは残っている。集中しないと、とは思うけれど、その休みの残りのことを考えると、どうも集中できない。

 だいたい、冬休みというのは、クリスマスは別としても、お正月の準備とお正月とで半分はつぶれるのだ。そこに、各科目の先生が、その科目の都合で宿題を出す。

 「二週間あればできるでしょ」と言って。

 だから、二週間はないんや!

 そう叫びたくなって、また集中力が切れてしまう。

 ふうっと大きく息をついて、肩を落とし、また数学の問題に向かう。

 「朱実!」

 向かったところに、これだ。

 もともと声の細い母親が、けっこう大きな声を出して、扉の向こうから声を立てている。

 「なに?」

 うるさいという感じを隠しもせず、朱実は立ち上がって、乱暴に部屋の戸を開けた。

 お母ちゃんは今日はもちろん着物なんか着ていない。朱色のセーターを着て赤のズボンを穿いて、いかにも元気ではち切れそうという活き活きした顔をしている。

 何歳やねん、と思う。

 前の誕生日に、半世紀生きた、と自慢していたから、もう五十歳のはずやのに。

 そのお母ちゃんは弾むように膝を伸ばし、ぱっちりとした目で朱実の目を見ると、ぽん、と朱実の手にはがきと手紙の束を載せた。

 載せたというより、押しつけたといったほうが、たぶん近い。

 「はい。年賀状」

 「うん」

 そんなの、置いといてくたれらええのに、と思うから、わざと生返事をする。

 でも、お母ちゃんは上機嫌そうで、そんな朱実の気分にはかまってくれない。

 「それと、封書が二通来てるで。一通は外国から」

 「外国ぅ?」

 そんな封書を受け取る覚えはない。ほんとうに朱実宛てなのだろうか?

 でも、それを確かめる前に、お母ちゃんは上機嫌のまま、部屋の戸を閉めて階段を下りて行ってしまった。

 「もう」

 年賀状と、もう一通の封書を机に置き、そのエアメールを見る。

 差出人は英語か何か、ローマ字で書いてある。でも、「木下 朱実 様」という宛て名の、青インクで書いた端整たんせいな文字に見覚えがあった。

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