第35話 なんや、会うたやん

 差出人の名まえをもういちど見る。

 「Hinako Kuryu」

 「ひな先生!」

 ああそうか。ロンドンから送ってくれた手紙が、本人より遅れて着いたのだ。

 年賀状ではなかったけれど、先生は朱実あけみに年の初めのあいさつを送ることはちゃんと覚えていた。

 朱実は、はさみでていねいに封を切った。

 中からは、雪のロンドンを描いたらしい絵の二つ折りのカードが出てきた。

 開いて見る。

 左側には印刷で「Merry Christmas & A Happy New Year」の文字、右側には、やっぱり青インクの端整たんせいな字で、ひな子先生のメッセージが書いてあった。

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 木下きのした 朱実 様

 明けましておめでとうございます。

 今年もよろしく。

 わたしは、いろいろあって、いま、学校をやめて、ロンドンに来ています。

 ずっと音楽の勉強がしたいな、と思っていて。

 その夢がかなえられる機会ができたので、思いきって。

 ほんとにいろいろなことがあったのだけど、来てよかったと思っています。

 帰ったら、またみんなと会いたいと思っています。

 学校はやめても、あの学校で出会ったことは、一生の宝物みたいなものですものね。

 それでは。

 日本もさむいと思うので、体に気をつけてお過ごしください。


                    栗生くりゅうひな子


 お正月にも一時帰るのですが、そのときにはまだ会えないでしょうね。

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 「なんや、会うたやん」

 朱実は笑って独り言を言う。

 でも、あれは、亜緒依あおいが家を追い出されて、わたしが亜緒依と初詣に行って、あのあずさ神社の休憩所でわたしがひな子先生のことを思い出して、亜緒依がまたそれを煽り立てて、家まで行ってみると先生が留守で、向かいの町工場のおばさんの話を聞いて落ちこんで戻って、それで、あの辰屋たつや満生まんせいどうの前でぼーっとしているところへ先生が帰ってきて、スーツケースの中身を商店街にぶちまけるという偶然が重なったから、出会えたようなものだ。

 どれか一つの偶然がなければ、会えなかった。

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