第33話 それより何時やと思てんの?
あのうるさすぎるチャイムの音を鳴らして家に帰ると、玄関まで出てきてくれたのはお父さんだった。
娘が言うのもおかしいけれど、お父さんはわりと整った男前な顔をしていると思う。
その顔に、いまは疲れ切ったという表情があらわれている。
「お父さん、年賀状書くの、終わった?」
「あ、いや。まだ」
正月も二日になってまだ年賀状を書き終わっていないというのはどういうこと、と思うのだけど、十二月も三十一日まで、仕事が、それもかなりきついらしい仕事があるのだからしかたがない。
しかも、このお父さんは、「近況」というのをいっぱい書くらしく、一枚書くのにわりと時間がかかるのだ。ついでに言うと、メールを書くのにも時間がかかる。二時間、自分の部屋にこもりきっていたので、何やってたん、と聞くと、メール一本書いてた、というようなこともよくある。
「
「うん」
亜緒依が来たときに顔を出したので、亜緒依が来たことは知っている。
お父さんが言う。
「いまうどん作ってるところやけど、食うか? 豚肉と、ねぎと、かまぼこと、白菜と煮て」
「あ、うん」
日が暮れて一段と寒くなったところを歩いてきて、体が芯まで冷えたと思っていたところなので、それは嬉しい。
嬉しい、が。
なぜお父ちゃんが作っているのだろう?
たしかにお母ちゃんが忙しいときにはお父ちゃんがご飯を作ることになっているし、ときには
ごろっ、と音がして、居間の
中からお母ちゃんが顔を出す。
「朱実、お帰りぃ」
声がたるみきっているのはともかく、顔を出した高さが異様に低い。
たぶん、下半身はまだ寝そべったままで、足の先のほうはこたつに入っているのだろう。
「二度めの初詣どうやった?」
「いや、それより何時やと思てんの?」
言いながら朱実は靴を脱ぐ。
「さあ。朱実が亜緒依ちゃんと出て行ってからすぐここの部屋に戻ったからなぁ……四時ごろと違うの?」
「何言うてんの。もう七時回ってるよ」
踏み台に上がって、靴を揃えてきちんと置き、床のところまで上がる。
七時を回っていると聞いても、母親はまだだらんとして朱実と自分の夫とを見上げている。
赤と、緑と、黄色と、白の、ちょうどさっき見た三色だんごパフェのような色の上等の絹の着物を着ているのに、襟のところとか完全に崩れて、
それが何か艶っぽく見えて、怒る気もなくなってしまうから、始末が悪い。
「お母ちゃんも
お父ちゃんが朱実に笑って見せる。それからお母ちゃんに言った。
「いまうどん作ってるから、いっしょに食べよ」
「あ、うん。あ、いや、わたしも行って作るよ。ちょっと待ってて」
そう言って襖をずるずるずると閉じてしまう。
お父ちゃんと朱実は顔を見合わせて笑った。
これが自分のスイート・ホームなのか。
情けないようでもあり、でも、亜緒依のところと違って、なんか自分の身の丈に合っているようにも感じた。
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