第5話 やっぱりおおごとやん
「それより、何なん? 家追い出されたって」
さっき、カフェオレを飲んでいたとき、亜緒依は
「家追い出されたから出て来た」
と言った。そのときは、お母ちゃんが
「ふうん」
と言っただけで流してしまったのだが。
「追い出された」
硬い声で亜緒依は言う。
こつこついう足音が速くなる。
「ていうより、出てきた」
「追い出された」と「出て来た」は、「ていうより」で言い換えがきくとは思わへんけど。
それより、亜緒依は「何なん?」という朱実の問いに答えていない。
だから、きく。
「だから、なんで、って」
「だから、なんでそんなこと聞くん?」
「そやかて、おおごとやで、家、追い出されるって」
「家出娘がよう言うわ」
またはぐらかす!
「いまは家出娘やないもん」
「家出娘」というのは、朱実が、
年が変わって、あれはもう去年のことになった。
そういえば、あれも亜緒依が朱実を
紘くんは、
この紘くんが、去年、お店のことで家の人とぶつかり、家出してしまった。心配している朱実に、亜緒依が、二度と会えへんようになったらどうする、あんたが連れて帰ってくるしかないんと違う、などと言ってけしかけた。
そのころは、朱実も亜緒依のこういう性格に慣れていなかったから、
家出してどこに行ったかは知っていた。だから、フェリーとバスとを乗り継いで紘くんのいるところまで行った。
ダブル家出、というより、男女なのだから
駆け落ちを
ともかく、その駆け落ち事件のことを持ち出しても朱実が黙らなかったからか、亜緒依はほおっと大きくため息をついた。
話を続ける。
「お父ちゃんが、出て行け、って」
「やっぱりおおごとやん」
「そうでもないんやって」
亜緒依は朱実のほうを振り向いた。
得意そうに笑う。
「どうせ夜になったらお酒が回ってなんも思い出されへんようになってるんやから」
朱実は何も言わなかった。
亜緒依が続ける。
「今日はお父ちゃんのところにいっぱいお客さんが来はる日なんや。お父ちゃんのとこの取引先とか、大きい支店の店長さんとか、府会議員の人とか国会議員の秘書さんとか」
支店をいっぱい持っている店のいちばん偉い人だと、お正月のお客さんというのはそういう人らなのか。
取引先ぐらいはまだわかるけど、府会議員とか国会議員の秘書とかになると世界が違って、かえってピンと来ない。
「わたしがもっとちっちゃかったときは、うちにお客さんがいっぱい来るってうれしかったけど、いまはそうでもない。うるさいし、気ぃ使うしな。で、お母ちゃんが台所やるの手伝えってお父ちゃんが言うから、わたしがいやや言うたら、そんなんやったら出て行けって」
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