第6話 なんでわかるん?

 ほかの家の事情はよくわからない。だから、何とも言えないけれど、黙っているのもまりだと思う。

 「なんでいやや言うたん?」

 「手伝うことないもん」

 亜緒依あおいはすぐに答えた。

 「だいたいのものは去年の年末に作ったんよ、わたしもいっしょに、おしめとか、黒豆とか。今日、作らんとあかんのはローストビーフと焼き魚ぐらいで、あとは茶碗ちゃわんしを蒸して。そんなとこかな。茶碗蒸しの液体ももう作ったあるし。ちゃあんとして、つくったときに絹みたいに滑らかになるようにしたんやから」

 茶碗蒸しにする汁を液体って言うか、と朱実あけみは思ったけれど、口ははさまなかった。

 それより、ローストビーフと焼き魚を一度に、とは、豪勢ごうせいだと思う。

 亜緒依が続ける。

 「お父ちゃんは、そういうのはぜんぜん知らんで、ただ、お客さんに、わたしが台所手伝うとるところを見せたいだけなんや。そうやってちゃんと台所仕事できるところを見せといて、じゃあうちの息子の嫁にほしい、て、そのお客さんのだれかに言わせたいんやろ」

 「いまからお嫁さんさがしお婿むこさん捜しやの?」

 有力な反論がある。

 ――と、朱実は自分で思う。

 「高一でちした子にそんなん言われたぁないわ」

 そう言われたら「それとこれとは別や」とでも受け流そうと考える。

 でも亜緒依はその手を使ってこなかった。

 「ああいう業界の上のほうの人らのつきあいいうのはそういうもんなんやて。子どもが二十歳ぐらいになると、つりしょいうのを回してな、ああいう人の子らどうしで結婚させようとする。そうやって仲間内の結束ていうのを固めようとするんや」

 「ふうん」

 別世界のことなので朱実は感心しておくしかない。

 「でも、そんなんで亜緒依が出て行ってしもうたら、お母さん、たいへんやないの?」

 「ぜんぜん」

 亜緒依は軽く言って笑った。

 「お母ちゃんもそういうの知ってるから、わたしをそのお客さんにあんまり会わせとうないんよ。そやから、お母ちゃんが、とりあえずどっか行っとり、って言うてわたしを出してくれた」

 「なんや」

 朱実はほっとした。

 「家追い出されたて言うから、心配したのに。うちのお母ちゃんも心配してるよ」

 「してはらへんて」

 亜緒依は笑った。言わずにいたことをぜんぶ言ってしまったためか、亜緒依は何か気分がゆるんだように見える。

 それにしても、娘の自分を差し置いて、どうしてそんなことが言えるのだろう?

 「なんでわかるん? うちのお母ちゃんのこと」

 「ほんまに心配してはったらもっと大騒ぎしはるやろ? お母さんもお父さんも」

 そうかな、と思う。

 何せ、朱実の「駆け落ち」事件のときにも

「あ、ただの駆け落ちでしょ? そんなん、すぐなんとかなるよ」

と言って悠然とかまえていたお母ちゃんなんやから。

 なぜかというと、お母ちゃん自身が、駆け落ち同然でお父ちゃんといっしょになったから――なのだそうだ。

 そういう人に、常識が通用すると思うたらあかんよ、と亜緒依に忠告しておきたかったが、やめた。

 ただでさえ、亜緒依にいろいろと弱みを握られているのだから、わざと秘密にしておくことの一つや二つはあっていいと思う。

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