第20話 たいしたことないよ
商店街のあいだは、
朱実はカートの車輪ががたがたしないように注意して歩いていて遅れただけだが、ひな子先生は息を切らせかけていた。
「亜緒依、行くの速い」
朱実が言う。亜緒依は口をとがらせて振り向いた。
「ああいう恥ずかしいとこを見せたところからは早く離れたいやん。それにわたしの荷物がいちばん重いんやで」
右腕からベージュの鞄をぶら下げ、左手ではもう一つ濃い赤色の鞄を持って、ひな子先生が追いついてくる。
「わたしの先生の前やから、口をつつしんで」
朱実がきっぱり言う。亜緒依はまた不満そうに口をとがらせたが、とがらせながら笑っているのがわかった。
歩くのに余裕ができたので、朱実はきいた。
「先生、こんな荷物、どこ行ってはったんですか?」
たぶん両親の家に帰っていたのだろうと思う。でも、だとしたらどうしてあんなに下着類まで持って歩かないといけないのだろう。
ところがひな子先生はこともなげに答えた。
「うん? ロンドン」
まるで、それが隣の隣の駅ででもあるように。
「ヒースローから乗って、いま着いたとこ」
ヒースローというのは空港の名まえだったと思うけど。
「どうりで荷物が多いわけや」
亜緒依が、聞かせるつもりか、独り言か、その中間ぐらいの声で言う。
いや、たしかに外国に行っていたときのような荷物、とは思っていたが、ほんとうに外国に行っていたとは思わなかった。
「うん?」
朱実はふと疑問に思った。
「それやったら、空港からずっとこの荷物、一人で?」
カートにくっつけたトランク二つと、大きい鞄が二つ。
亜緒依のペースが速いということもあるけど、その鞄二つを持って歩くだけで先生は
でも、ひな子先生はあたりまえのように答えて頷いた。
「うん」
朱実がきく。
「じゃ、ここまで何に乗ってきはったんですか?」
「普通に、電車で」
またあたりまえのように答える。
「この荷物持って?」
「うん」
「乗り換えあったでしょ?」
「たいしたことないよ。ホームの端まで歩いて階段下りるだけやもん」
「だけやもん、て、それがたいへんなんと違います?」
「それはそうやけど、ロンドンからここまでの距離に較べたら、階段の十メートルとか二十メートルとか、たいしたことなんかないやんか」
たいしたことはあると思う。
ロンドンからここまでどんなに遠くても、それは飛行機のエンジンとかが運んでくれるのであって、自分の手で運んだのとは違う。
「まあ、そう言うたら、そうですけど」
朱実が答えて、亜緒依の顔にきつい目を送った。亜緒依がよけいなことを言うて、また先生が泣き出したらどうしよう、と思ったからだ。
亜緒依が目を
「さ、あとちょっとだけがんばって、とりあえず家に着いてしまいましょ」
と言って、歩き出しただけだった。
朱実がほっとする。
ひな子先生といっしょに、亜緒依の少し後ろについて歩き出す。
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