第7話 これだけなん?

 あずさ神社の二の鳥居まで朱実あけみの家から十分ぐらい、神社はそこから石段を登った上だ。

 ふだんは境内けいだいにお参りの人が一組か二組いるくらいの神社だ。そんなに広くない境内がとても広く見えてしまう。

 今日だって有名な神社やお寺に較べれば参詣さんけいの人が多いわけではない。でも、境内にいっぱい人がいて、境内がざわざわしていて、いくつも出店が出て、昼間からいろんな色の明かりがついていると、やっぱり嬉しい。

 本殿と、脇殿と、あとはお稲荷さんと、斯道しどうさまといって、昔から最近まで、外国も含めてあちらこちらの偉い人をいっしょにおまつりしたお社があるだけだから、お参りはすぐに終わってしまった。

 「で、これだけなん?」

 黒と白と赤で凛々りりしく着飾ったお嬢様が、休憩所の、色もせかけた青いベンチに腰掛けて、ソースのかかっていないたこ焼きを慣れない手つきで楊枝ようじでつついているのも、絵になるというのか。

 やっぱりあんまり格好がつかないというのか。

 「何が?」

 八個入りのたこ焼きのうち五つをその亜緒依あおいに譲った朱実が言う。

 「ここの神社、お参りするとこはこれだけなん、て」

 「て」で終わったのは、そこで丸いたこ焼きを口のなかに入れたからだ。

 「これだけやけど」

 「なんやあっけないなぁ」

 まだ熱いはずのたこ焼きを口の奥のほうでんだり冷ましたりしながら、亜緒依が言う。

 なぜたこ焼きを買い食いなんかしているのかというと、これがこうくんの家がやっている店のたこ焼きだからだ。

 かつお出汁だしがきいていて、熱いうちはもちろん、冷めてからでもソースはかけないで食べるほうがおいしい。

 出店には紘くんはいなかった。店は三が日は開けて、それから次の週末の手前まで休むと言っていたから、いまはきっと店のほうで働いているのだろう。

 亜緒依はこの出店を出しているのが紘くんのところの店だと知っていて、わざと出店の前で足を止め、せがむようにたこ焼きを買おうと言った。

 ええとこのお嬢様の亜緒依は、たこ焼きの買い食いなんか普通はしないのだろうと思って、朱実は横から見ている。

 「神社て、本殿からずーっと山のほうまで上って行ったらまた別のおやしろがあったりして、ぜんぶお参りするのに一時間以上かかるもんと違うん?」

 横から朱実にじっと見られているのを気にしたのか、亜緒依が言う。

 「そういうのは大きい神社だけやろ?」

 横を見ると自分の服の肩のところが目に入る。それが白くてふわっとしていて、何か落ち着かない。

 「ここは、昔、この近くで合戦があって、そのとき亡くならはった武将の人と、そのお母さんとか一族の人らとかを祀ったお宮さんやから。お墓がこの下をずっと行ったところにあるんやけど、そのりょうをあとになってこの山のとこにお祀りしたところやからな」

 たこ焼きを口に入れたところで、楊枝を唇の横から突き出させて朱実を横目で見ている亜緒依の顔が何かおかしい。

 「この高いところからやったら、合戦場だけやのうて、平野のほうがずっと見えるやろ」

 朱実は白いソックスを穿いた足を浮かせて、ぶらぶらさせながら言った。

 「武将の人もそのほうが気ぃが安まるやろうし、それに、ここやったら平野全部の守り神さまにもなってもらえるしな」

 「たしかにそうやな」

 たこ焼きをむしゃむしゃ噛むのを途中で止めて、亜緒依が朱実のほうを見て言う。

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