第2話 立ってるものは子ぉでも使え

 年賀状。

 そういえば、年賀状というと、気にかかることがあった。

 みかんをみこんだら、母親にそのことを言ってみようかと思う。

 どうせたいした返事は返ってこないと思うけれど。

 だが、その前に、玄関のチャイムの音が場違いな大きさで響いた。コンビニの入り口で鳴るような、何か平坦な音のチャイムだ。

 テレビをつけていたり、台所で皿を洗っていたりすると、チャイムの音を聞きのがすときがある。そのために音を大きくしているのだけれど。

 こういうときにはうるさい。

 朱実あけみが先に身を起こしてしまった。

 それを目ざとく目に留めたお母ちゃんが

「朱実、出て」

と寝そべったまま言う。

 いちおう、抵抗。

 「なんでぇ?」

 「立ってるものは子ぉでも使えって言うやろ?」

 「親でも使え、って言うんよ。もう」

 でも、この話をこの母親相手に突き詰めるとややこしいことになる。

 なぜややこしくなるかというと、「立ってるものは親でも使え」ということばは、「子は親に使われるのが当然」、「子は親を使ってはいけない」という前提で成り立っているからだ。親は普通は使ってはいけないものだけれど、立っているときには使ってもいいという例外がある、という意味なのであって。

 子が立ってしまったときにはこのことばは効力を失うからだ。

 しかも、このお母ちゃんは、そういう理屈っぽい話にすぐに乗ってくる。けっきょく玄関に応対に出るのが遅れることになる。

 だから、朱実はその先を言わずに母親の言うことを聴くことにした。

 「よっ、と」

 こたつから抜け出ると、寒い空気が、とくにいままでこたつに入れていたところにぴたっとくっついてくる感じがする。

 「朱実」

 ふすまに手をかけた朱実に、床に寝そべったままで母親が言う。

 「何?」

 怪しい勧誘なら断りなさい、とでも言うのかと思ったら。

 「その白いセーター、似合うてるよ。ふかふかで」

 こういうときに言うことかと思う。

 これを母親が買ってきたときに、太って見えるからいやや、とごねたのを、気にしているのかも知れない。

 「お客さんやったときに、恥ずかしないように、お母ちゃんもしゃきっとしといてや」

 「うぅん」

 何よ、寝言みたいに、と思って、朱実はぴしゃっと襖を閉める。

 部屋には花実はなみ――朱実の母親――が一人残った。

 鍵を開けて、もう一つ鍵を開けて、がらっと玄関の戸を引いた音が、茶の間まで聞こえてくる。

 「何ぃ、朱実ぃ、こんな寒いところで人を長いこと待たせて!」

 よく通る高い声が廊下伝いにはっきりとびこんできた。

 花実は、その声を聞くと、穏やかににこっと笑った。

 ゆっくりとこたつから出て、起き上がり、花実は着物のすそをきちんと整えて座り直した。

 自分のみかんの皮だけくずかごにさっとほうりこむ。

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