ホーム、スイート・ホーム

清瀬 六朗

第1話 こたつに入ってみかんの皮むいてる

 あったかい。

 暖かいだけならいいが、ところどころ熱い。

 この感じを何百倍か何千倍かしたら、網の上で焼かれているとりのもも肉の気分になるんやなと朱実あけみは思う。

 テレビはさっき消してしまったから、聞こえるのは、じゃっ、じゃっという、みかんの皮をむく音だけだ。

 「なあ、お母ちゃん」

 こたつの反対側で、同じように寝そべったままみかんの皮をむいているはずの自分の母親に、朱実は力の入らない声をかけた。

 「なに?」

 お母ちゃんも声がだらけている。

 「わたしら、何してんねんやろ?」

 「こたつに入ってみかんの皮むいてる」

 こういう答えかたを「即物そくぶつてき」というのだろう。

 即物的な答えに満足しない朱実はさらにきいてみる。

 「なんでそんなことしてるわけ?」

 「みかん食べたいからやろ?」

 「そうやのうて」

 みかんの袋からみかん色の汁が飛ぶ。白いふわふわのセーターの袖のところに散った汁を、朱実は唇をとがらせて吸い取った。

 つづけて言う。

 「なんでおとついのおお晦日みそかまで忙しい忙しい言うて働いて、それで今日はこんなだらーっとしてなあかんのか、ていうこと」

 言ってから、みかんの皮をはずして、最初のみかんの袋を口のなかに入れてもぐもぐしながら吸う。

 「この三日間だらーっとするために大晦日まで忙しぃしてたんやろ?」

 「そんなんやったら、今日ここまでだらっとせんでええから、おとついまでをもっと楽にさしてほしいわ」

 母親が返事しないのは、向こうでもみかんを食べているからだろう。

 朱実は続けて言う。

 「だいたいお父ちゃんはいまも年賀状書いてるやん。お母ちゃんもわたしもクリスマスごろに大慌てして書いたのに」

 「お父ちゃんはしょうがないよ」

 父親の話になると、お母ちゃんは声が軽くなる。浮き浮きした声になる。

 ほんとにこの夫婦は好きなもんどうしなんやな、と朱実は思う。

 しかも、下の子がここまで大きくなったいまも。

 「大晦日まで仕事やもん。今年は東京出張がなかっただけましやと思わんと」

 「なんで大晦日までそんな仕事があるんよ?」

 「それは印刷したもんが大晦日にどうしてもほしいってお客さんがいっぱいおるからやろ? いまはどこの業界かてたいへんなんやて。一生苦労せんでええように、朱実もちゃんと勉強しときや」

 最近、親はすぐにこういうことを言うようになった。

 こないだ高校受験が終わったところなのに、もう大学受験が二年先ということを気にしている。

 でも、よく思い出してみると、前からずっと同じことを言っていた。

 朱実は「勉強」と「苦労せえへん」こととの関係がよくわからない。

 でも、それは前からずっと言ってきたことで、いまその話をしたからと言ってちゃんと答えてはもらえないだろう。

 何かはぐらかされた。

 まあ、いいと思う。

 朱実は何も言わずにまたみかんの袋から中身を吸い出し、もぐもぐした。

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