第25話 夏休みまでもたへんと思うてはったらしい

 亜緒依あおいがその朱実あけみをちょっと見てから、先生に言った。

 「やっぱり子どもにいじめられたからですか?」

 「亜緒依はいきなり何を言うんや!」と、朱実は慌てた――。

 ――かというと、そんなことはない。

 もう慣れた。

 ひな先生が朱実のほうを見る。

 「なんや、朱実ちゃん、そんなはなししたんや」

 「ああ、うん」

 言ってうつむく。

 まさか先生と会うことになるとは思わなかったし、亜緒依と先生が直接に話すことなんかないと思っていたから。

 先生はクッキーをかつっと前歯で割って、口に入ったほうを口のなかで噛んで、残りのクッキーを自分の皿に置いてから、言った。

 「たしかにいじめられたよ。もう、最初のころは、教室で泣いて、職員室で泣いて、家帰ってからも泣いて。職員室でも、どの先生も、しっかりせえ、とも声かけられへんくらい。あとできいたら、みんな夏休みまでもたへんと思うてはったらしい」

 「うわ、すごっ!」

 亜緒依が言う。

 「壮絶ないじめやな、それは」

 たしかにその話をきくと本当にすごいと思う。

 そんなすごいことをした覚えはないかというと、自分ではやってないけれど、たしかにみんなよくこの先生を泣かせた。

 しかも、この先生、ほんのちょっとしたことで泣くのだ。そうするとみんなおもしろがって泣かせようとする。

 たとえば自分で赤ペンをなくしただけで泣く。そうすると男の子たちがおもしろがってわざと赤ペンを隠す。そうすると先生はやっぱり泣く。そうすると、と、何もかもがその調子で、歯止めがきかなくなった。

 「でも、一学期経って、秋の運動会のとき、わたしの担任してたクラスがダンスで表彰されて、あと、大きい球を転がす競技があって、一番、二番をうちのクラスの赤組と白組で独占したでしょ? あと、学芸会の劇とかも評判高かったし。あれで、あれっ、と思うた。で、それからは、泣かされて泣くのも先生の仕事かな、と思うて、気にせんことにした」

 「うちの母が」

 朱実が言う。

 亜緒依がくすっと笑う。ふだんは「お母ちゃん」と呼んで、「母」なんて言いかたはめったにしないからだろう。

 その亜緒依をにらんでから、朱実は続ける。

 「保護者会に行って、帰ってきて、言うてた。泣き虫先生やてきいてたけど、すごいしっかりした人やったで、おとなしくしてはっても、言わんならんことははっきり言いはる人やでって。あんたも見習わなあかんでって」

 「で、信じたん?」

 亜緒依がきく。朱実が思わず答える。

 「信じへんかった」

 ああ、引っかかった。でも、もう正直に言ってもいいころだろう。

 ひな子先生が笑う。

 「そやから、先生の仕事は嫌いやない。いや、最初、最初に朱実ちゃんらの学年を担任したとき、そのときはあんまり好きやなかった。最初のころはそういう気もちがみんなに伝わって、それでいろいろされたんやろな」

 そうではない。

 そんなことがわかる年ごろではなかったと思う。

 でも朱実は何も言わなかった。

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