第23話 まだ一年になってませんけど?

 朱実あけみは、自分のマフラーを取り、白いジャンパーを脱いで、亜緒依あおいと同じように椅子の背もたれに掛けながら、亜緒依って美人さんやなと思って見ている。

 コートの下の黒い襟のない上着も、朱実より少し大柄な亜緒依にはちょっと小さいように見えて、ボタンのところに白いふちりがあるのが凛々りりしい感じを引き立てている。

 これで亜緒依があんな性格やなかったら。

 いや、美人さんならむしろこういう性格のほうがええんやろか。

 亜緒依は、やかんを火にかけたあとは、カップを三人分、戸棚から出している。自分の家ではやらなかった台所の手伝いを、さっきはじめて会ったばかりの先生の家で甲斐かい甲斐がいしくやっていた。

 黙って見ているわけにもいかない。朱実もキッチンに行った。

 「なあ、先生」

 湯沸かしをつけて、戸棚から出したカップを洗おうとしながら、亜緒依がきいた。

 「うん?」

 「一年留学て言うてはりましたよね?」

 「ああ。うん。去年の八月から一年間」

 「それやったら、まだ一年になってませんけど?」

 たしかに。

 それはさっき朱実も気になった。夏みかんを持って出発のあいさつをしたのなら、いくら促成そくせい栽培でも一年前の同じ季節のはずがない。

 ひな先生が答える。

 「だって、いまは一時帰国やもん。半月ほどしたらまたロンドンに戻るし」

 「一時帰国であんな荷物多いんですか?」

 朱実が疑問に感じることを亜緒依は次々に聞いていく。

 「ぜんぶ残しといたら、ほんまに帰るときに持ちきれへんようになるでしょ」

 先生はまじめに答えている。「ほんまに帰るとき」というのは、留学が終わった後の帰国のときのことを言っているのだろう。

 「そんなんやったら送ったらええやないですか」

 「めんどくさいやないの。途中でなくなるかも知れへんし」

 「そんなことないですって。日本の宅配業者さんもロンドンには店出してるんやし、そこに頼んだらちゃんと送ってくれますって」

 さすがに亜緒依は詳しい。亜緒依自身はどうか知らないけれど、家族か身近な人が使ったことがあるのだろう。

 先生はきょとんとしている。

 「そうなん?」

 「うん。ホームページ調べたらすぐ出てきますよ」

 この二人はずっと昔から知り合いだったように話をしている。

 朱実は横から声をかけた。

 「テーブルのほう、いときましょか?」

 「あ。お願い。亜緒依ちゃん、そこにかかってる布巾ふきんとって、朱実ちゃんに渡したげて。あ、白いほうやのうて、色のついてるほう」

 「これですか?」

 「うん、そう」

 亜緒依はすごく家事に慣れているように見える。

 こうやって三人でお茶を入れる準備をしていると、何か三人で前からいっしょにここに住んでいたみたいだ。

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